石渡嶺司氏の記事はミスリードだ-入学者の男女比は役に立たない
医学部入学者の男女比を根拠に作為を疑うのは完全な誤り
大学ジャーナリスト石渡嶺司氏の記事
は、大学医学部入学者の男女比を根拠に、大学入試において男女の合格者についての大学側の作為の有無を推定しようとする記事である。石渡氏は
いまどき、受験生の能力差に男女の別はないでしょう。であれば、入学者データで男女比に極端な差がついていれば、これは何らかの作為があった可能性があります。
と述べ、男女の割合に30ポイント以上の開きがあると何らかの作為が働いていると匂わせる記述になっているが、これは明らかに誤りである。
そもそも入学者の男女比が65%と35%(30ポイント差)の大学があったとして、受験者の男女比が1:1なのか、4:1なのかで、その意味は全く異なってしまうのだから、大学医学部入学者の男女比から作為可能性を示唆する議論は完全に誤っている。
既にそのような指摘を受けているが、石渡氏は記事の末尾に次のような追記を行って、この問題を回避していると考えているようだ。
「入学者数だけで志願者数を示さないのはおかしい」「女子入学者の少ない理工系学部も入試で不正をしている、ということになるので信頼性に乏しい記事としか読めない」などのご指摘を読者からいただきました。
志願者数と合格者数・入学者数の男女別データを見ていく方が不正入試の可能性について切り込めることはご指摘の通りです。
しかし、そもそも志願者数の男女別を明示している医学部が少なく、データ化がなかなかしづらいという事情があります。
それと、女子からの人気が高くはない理工系学部(一部学科・大学を除く)と違い、医学部は女子からの人気も集めています。
それもあって、今回の記事では入学者数のみで構成しました。
ただ、ご指摘いただいたように志願者数も含めてデータ化した方が、男女差を示せることは確かです。文部科学省調査でそのあたりまで踏み込んで明らかになることを期待します。
「志願者数と合格者数・入学者数の男女別データを見ていく方が不正入試の可能性について切り込める」という書き方は不適切だ。入学者の男女比は無意味である以上、比較級で自分の書いた記事の妥当性を論じることはできない。
後で示すように、「そもそも志願者数の男女別を明示している医学部が少なく、データ化がなかなかしづらいという事情」というのも不適切だ。(防衛医大を含む)国公立51校のうち、25校*1が、男女別受験者数と男女別の合格者数を含めた詳細な統計資料を公開している。ここでは次の表を示す。左の赤い大学は石渡氏の調べた2017年度の入学者の男女比に30ポイント以上開きのある大学である。右のオレンジ欄はそれが50ポイント以上あるものを示している。そうした大学の中でも概ね半分弱の大学で詳細な統計資料が公開されている。
石渡氏は
元データとしたのは、朝日新聞出版『AERA premium 医者・医学部がわかる2018』『AERA premium 医者・医学部がわかる2017』、メルリックス学院『私立医歯学部受験ガイド』の2015年度版~2018年度版。
とか、
同じ年度の入学者データを大学サイトから探し出しました。
とか
各大学におかれましては、文部科学省だけでなく、広く国民にもわかるよう、入試データの開示をお願いする次第です。
などと述べているが、大学の入試情報のページで、大学入試実施状況と題して公開されている情報があることを全く知らなかったのかもしれない。少なくとも入試状況について少し調べた経験があれば直ちに得られる情報を丁寧に調べず、「志願者数の男女別を明示している医学部が少ない」などと安易な断定を行ってしまっており、この点でも記事は明らかに不適切である。
例えば上の石渡氏が提示したデータにおいて、大阪大学は57.6ポイントの差がある。男女の入学者数はおよそ4:1だということになって、石渡氏の議論では「作為の可能性」を疑うことになる。しかし、大阪大学は、直近3年の男女別の合格者数の詳細を公表しており、一般入試前期(H30・29・28)と一般入試後期(H28)における男女別の合格率は次の表のようになっている。
H30は男子の方がわずかによく、H29年度は女子の方が少し良いが、この2年度はほぼ合格率は同じである。H28は男女ともに男性の方が合格率が高くなっている。石渡氏のデータはおそらくH29年度入学者に関するものだと思われるので、上のH29を見て、入学者が概ね4:1だということになるのだろうが、合格率は概ね一致している。このようなデータからみても、大学医学部入試における作為可能性を調べる目的に照らして、入学者の男女比は全く無意味である。石渡氏は追記という方法ではなく、記事そのものを撤回するべきだと考える。
受験者数から男女別の合格率を見る場合に注意しておいた方が良いこと
上で見た阪大医のデータでH28では男女の合格率に一見大きな差があるように見える。しかし、注意しておかなければならないことがある。男女の合格率に差があるからといって、それが作為可能性を疑わせる根拠にはならないことだ。
第一に、大学医学部の入試データを見る際には、合格者(定員)に比べて受験者の数が極端に多く、しかも男女の受験者数に大きな開きがある大学が多いことに注目しておく必要がある。例えば、H28年度の阪大後期は、30名の受験者について、男24名・女6名の受験であり、仮に合格者の16名が、男13名・女3名と1名性別が変わっただけで、合格率は54.2%・50.0%と変わってしまう。つまり人数の僅かな変動で合格率が大きく変化する可能性がある。
第二に、医学部入試においては、たとえば理科における物理選択の有無や試験全体の科目の種類、入試日程や定員、センター試験の難易度からくる志望校変更など様々な要因が絡むため、必ずしも男女の志望動向が一致しているとは限らず、受験者の学力分布が男女で同じであるという保証はない。大学ごと、年度ごとによって変動している可能性もある。
第三に、仮に学力的に概ね差がない受験生たちを取ってみても、実際の試験での得点は統計的にばらつくので、それらを上から定員で切れば、実際の分布は偏る場合もありうる。どの程度の偏りがおこりうるかなどは統計的な分析が必要になる。特に、医学部入試において、男性受験者が極端に多い試験だと、合否のボーダーにおいて男性の方が女性よりも人数的に多く並ぶことになり、合否を分ける1点の刻みで結果として男性の方が多く合格してしまうことが考えられる。
合格率だけで作為の可能性を導くことはできないことにくれぐれも注意しなければならない。
公表データから見る男女の合格率
以下のデータは国公立大学24校の直近数年にわたる一般入試の男女別合格率である。
データについて以下の3点に注意して使用されたい。
- 当方が手作業で集計したものである。入力ミスなどもあるかもしれない。使用する場合は、入学試験実施状況という公開ファイルを各大学のウェブサイトで閲覧して自分の手でチェックして頂きたい。
- 大学入試には医学部でも様々な入試の形式があり、特に推薦入試は形式や方法など様々である。以下のデータは、特に記載のない限りすべて一般入試の前期・後期日程における合格率である。詳細が知りたい方はやはり個別の大学のウェブサイトを利用するべきである。
- 上でも注意したように、男女別の合格率に一見大きな差があっても、それが作為の結果であるということにはなりえない。
訂正(2018/08/12):
- 旭川医大のH30のデータを1つ入力ミスしていたので修正。
- 北海道大の後期は医学科以外だったので訂正。
- 石渡氏は秋田大の保健学科との合算に拘っているようなので、付録の秋田大にこの旨追記。
- 島根大も男女別データを公表していることを見落としていたので追記。
佐賀大学医学科のデータとして本記事に掲載していた内容は、医学部全体(看護を含む)のデータでした。お詫びして訂正させていただきます。佐賀大学の詳細なデータは下記記事をご覧ください。
男女別の合格率から、男女の合否に関する作為の可能性を導くことはできないので、ここではこれ以上の分析はしない。各大学ごとに男女の志望動向や定員、合格率などもバリエーションに富んでいることだけを指摘しておく。
付録:合格者の男女別内訳のみを公開している大学
*1:当初の記事は島根大が公開していることを見落としていた。