新共通テストにおいて記述式問題を導入することの9の問題点(11/23日追記版)

大学入試センター試験に代わって導入されることが予定されている新共通テストでは、数学と国語の問題の一部に記述式問題が導入される方向である。筆者は、この記述式問題については多くの問題点があることを、例えば試行調査の問題と採点を例に指摘してきた。

2回目の試行調査が2018年11月に予定されているが、ここで改めて記述式問題を新共通テストに導入することの問題点を整理しておきたい。以下の8点である。

  1.  成績提供までの期間が極端に短い。
  2. 採点が適正に行われない危険がある。
  3. 学力の適正な評価に資する問題でなくなる危険がある。
  4. 受験生を十分に識別できない懸念がある。
  5. 採点ミスの影響が甚大であり、対応や責任体制が不十分。
  6. 受験者による自己採点が困難であり、受験者の志望校決定に混乱を生じる懸念がある。
  7. 採点作業が民間団体に委ねられるのは公正な実施を妨げる恐れがある。
  8. 経済的格差への影響や障害を持つ学生への配慮についての懸念がある。
  9. 問題の内容や質そのものに関する懸念がある。

(本稿を書くにあたって、ツイッター上で仄聞した様々な情報源を参考にさせて頂いた。そのすべてをあげることはできないが、ここで御礼申し上げる。また、国語に関しては、「国語教育の危機─大学入学共通テストと新学習指導要領」(紅野謙介 ちくま新書 2018年)も参考にした。紅野氏の主張すべてに賛同しているわけではないが、様々な観点で啓発される点が多かった。また、福嶋隆史氏による2つの論説「正解率0.7%の悪問! 大学入学共通テスト試行調査(プレテスト)国語記述問題を斬る!」「大学入学共通テスト(センター試験新テスト)モデル問題例「12の不備」を追及する」 も大変参考になった。また、清史弘 氏によるツイッターでの議論を参考にして自己採点の困難性を追記した。なお、本記事は、必要に応じて後日修正を行う可能性がある。) 

  以下、上記の9点についてさらに詳しく説明する。

 

1. 成績提供までの期間が極端に短い。

  • 新共通テストが行われる1月半ばから国公立2次試験までは40日程度しかない。しかも、2月初旬から始まる私立大学入試のセンター利用型や国公立二次試験のための第一段階選抜への利用などの用途もあり、現実的に採点業務と集計に要する期間は極端に短く2週間程度にもなりうる。
  • 例えば記述式問題のみ採点を切り離して国公立前期試験まで採点期間を延長してしまうと、私大センター利用型のみを使う受験生にとっては、記述式問題を捨ててマーク式問題のみに傾注した方が有利になるという好ましくないメッセージを与えてしまう懸念もある。
  • 採点と集計にかけられる期間が短いことが、以下で述べる多くの点、特に採点の適正性や問題の質等を強く制約している。

2. 採点が適正に行われない危険がある。

  • 採点枚数が50万~60万枚と極めて膨大であり、採点者の人数も相当な規模になる。しかし、学力調査の場合と異なり、1月~2月は大学等でも定期試験などがあるため、質以前にそもそも採点者を確保できるかどうかさえ危うい
  • 採点期間が非常に短いため、採点基準等の変更が頻繁に起こることが予想される。そうした変更や修正に対応できるためには、答案の内容が採点基準と合致しているかどうかや検討すべき答案であるかどうかを、単なる機械的なマッチングだけではなく、自ら自律的に判定できる採点者であることが必要だが、大学受験レベルの問題を自律的に判断できる質の高い採点者は元々確保しにくい恐れがある。機械的なマッチングでしか判定できない採点者が多くいれば、検収で発見されるミスや採点のブレが増大し、採点作業全体を困難にしかねない。
  • 国語は各設問を段階評価し、数学は素点で提供する予定だが、採点基準はかなり複雑になるため、多数の採点者間で「同一内容の答案に同一の得点を与える」という最低限の公平性を維持することは極めて難しい
  • 学力テストにならって抽出調査で検査を行うことになると予想されるが、選抜試験ではミスは1枚も許されない。学力テストと同様の抽出調査ではミスが残存する懸念が必ず残る。しかも、期間の短さ故に検査回数が少なくなりさらに不十分となる危険がある。

3. 学力の適正な評価に資する問題でなくなる危険がある。

  • 採点作業への負担を軽くすることを目的として、解答の方向性の過剰な誘導・限定や形式的な型通りに記述すること、極めて杓子定規な採点基準の運用などが行われることにより、受験者の理解の度合いを反映しない危険が伴う。
  • 問題の実質的内容に比べて問題文が長く無駄な記述が多いなどの理由で、本来測定するべき学力を十分に把握しきれない可能性がある。
  • 問題文の素材によっては、受験生の個人的な経験や科目選択・志望・社会的関心の差が強く影響しかねない出題や何を解答すれば良いかが判然としない出題によって、学力以外の面で答案に差が付く危険が伴う。
  • 出題数が少なく、採点作業の効率化の観点からも、出題形式がパターン化して、安易な受験対策を招く恐れがある。

4. 受験生を十分に識別できない懸念がある。

  • 採点期間を短くするために十分な量の出題を行えなくなるため、識別力の少ない出題になる危険が伴う。国語では各問の段階評価をさらに重みづけして受験者の答案のスコアを確定するため識別力はさらに落ちる危険がある。
  • 学力分布が極めて広範な50万~60万人規模の高校生に、記述式試験を課した経験は非常に乏しく、十分にノウハウが蓄積していないために、問題の難易度が偏り識別力を損なう恐れがある。

5. 採点ミスの影響が甚大であり、対応や責任体制が不十分。

  • 採点等にミスが発覚した場合や不正行為が後日明らかになった場合の責任体制が必ずしも明確でない。特に、各大学の二次試験とは異なり、採点ミスは当該学生の出願したすべての大学に及ぶことになり、影響範囲が大きく、混乱を引き起こしかねない

6.受験者による自己採点が困難であり、受験者の志望校決定に混乱を生じる懸念がある。

  • 数学においても論証や根拠記述のどの部分が本質的なのかが明らかとは言えない説明や同値な式についてどこまで正答とみなすのかが明確でない正答例の記述がみられる。国語においては、正答例として許容される記述の幅が広く、ひとつひとつの表現について自分の回答と照らし合わせる作業が困難である。
  • 試行調査の過程で提供された自己採点確認票に記載された正答例だけでは、自分の回答がどのように採点されるのか判断することが困難である。特に、学力が十分ではない受験者は自分の答案の内容と示された正答例を適切に比較できない可能性が懸念される。
  • 共通テストの得点は私大センター利用や国公立二次試験の第一段階選抜や二次試験の得点として利用されるため、受験者の志望校決定に大きく影響を与える。自己採点が十分に行えない場合には受験者に大きな混乱を来す危惧がある。

7. 採点作業が民間団体に委ねられるのは公正公平な実施を妨げる恐れがある。

  • 採点作業が民間団体に委ねられた場合、現場で現実に行われたより細かな採点基準が、特定の民間団体の商品の購入者にだけ流出する可能性がある。
  • 採点の結果得られる全体の得点分布が、採点を請け負った民間団体における様々な受験指導に利用される恐れがある。
  • 出題と採点をその程度分離するかが不透明。採点団体に対して試験実施後に初めて問題と採点基準を提供する形の場合、採点者の研修等で実際に採点に入れる時期が遅くなる懸念がある。しかし、逆に採点団体に事前に試験問題を提示しておくことは、試験問題そのものではなくとも類題等の流出を招く危険がある。
  • 出題者自身が実質的な採点作業に参加せず業者からの問い合わせに応じる程度では、出題に関するノウハウが十分に得られず翌年以降の出題が改善しにくくなる。後から解答類型ごとの反応率を見る程度では、出題の質は向上しない懸念がある。

8. 経済的格差への影響や障害を持つ学生への配慮についての懸念がある。

  • 採点にかかるコストが現行よりも大幅に増えるため、それが受験料に転嫁されて、現状よりも受験料が上がり、経済的な格差の拡大に影響を及ぼす恐れがある。
  • 記述式試験は、マーク式に比べてさらに負担が重いため、障害を持つ学生に対しては代筆回答などの様々な配慮が必要になる可能性があり、十分に対応できるか懸念が残る。

9. 問題の内容や質そのものに関する懸念がある。

  • 証明の一部の式だけを記述させたり、実用的と言いながらそれほど現実的とは思われない文章を読ませたりすること自体、記述式問題としての質が十分ではない懸念がある。例えば国語の問題が小中学生向けの全国学力調査の問題と比べて大学入学者を選抜するという目的に資する内容や質を持っているか。
  • 高校学習指導要領との整合性は十分に図られているか。特に国語において、試行調査等で出題されているような内容と形式の記述式問題を出題することの方向性そのものが妥当なものか十分に検討されているか。