週刊朝日の記事は具体性に乏しく誤解を招きやすい

医学部医学科の女性に対する差別的取り扱いに関する報道が続いている。これまでにいくつか問題点を指摘した、石渡嶺司氏の記事、ハフポスト、読売、AERA.dotの各記事に続き、週刊朝日もこの問題を報じた。

この記事が掲載しているランキングは、志願者数ベースの合格率の男女比であるから、本質的に読売が報じたランキングと同じものになる。しかし、この記事は具体性を欠く様々な記述を多数含んでいるため、結果として間違った印象を読者に与えかねないものになっている。

数学の難易度が男性に有利になっているという根拠が不明

最大の問題点は次の記述だ。

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こんなことを主張する「専門家」とは誰なのか。予備校講師なのか、データを集めている記者なのか、それとも出題に関わる大学関係者なのか。このような記述は具体性に乏しく、信用に値しない。

理科の選択科目の取り扱い*1ならばともかく、全受験者に課されている数学の難易度が合格率の男女比に影響を与えているというのなら、まずそのことの実証可能な根拠を示さなければならない。数学は全受験者に全く同一の問題が課されている点で完全に公平な科目わけだから、その難易度が男女差別を助長しているなどというのは、面接における得点調整の問題などとは比べ物ならないほど慎重に議論されなければならない。

そもそも第一に、医学部を志望している男女間で数学の成績に有意な差があるということが事実なら、男女別の合格率を比較して女性受験者に対する差別的取り扱いを疑うという議論の前提そのものが完全に崩壊する。この記事を書いた吉崎洋夫・岩下明日香の両氏は、男女別の合格率で大学をランキング化するということと上の記述の整合性が取れていないことに無頓着過ぎはしないだろうか。

第二に、男女一般ではなく、医学部を受験している受験者の男女間で、数学の成績に有意な差が存在すると言う具体的なデータを提出できるのだろうか

そして第三に、数学の試験問題の難易を変更することで男女の合格率を思い通りに操作することが本当に可能なのだろうか?極端に難しくしたり、極端に易しくしたりすることはできたとしても、男女の合格率の比を1.5程度になるように数学の問題をどの程度難しくすればよいかなどという繊細な調整ができるとは到底信じられないし、数学の問題は医学部とそれ以外の学部で一部は共通した問題が使われている場合すらある。センター試験の結果によって受験生の志望動向も変わるため、どのような学力の学生が受験しに来るかどうかさえ事前に予測するのは決して易しくないのである。

さらに付け加えるなら、試験問題を難しくすることでその科目が得意な学生が選抜できるとは限らない。難しくなった試験問題では、ボーダー近辺ではあまり差が付かず、結果としてその科目の得点が高くなくても他の科目が高得点ならカバーできて合格するという事態も十分想定される。こうした点は倍率や学力分布、問題の難易度が複雑に絡んでいるので、そう簡単に調整できるものではない。

ちなみに、2017年度に東大理系数学がかなり問題の難易度を下げたことがある。このとき、(東大が女性比率を向上させたいという目標を表明していたことともあいまって)難易度を下げたのは女性比率を増やすという目的があったのだという俗説がかなり広く出回った。しかし少なくとも私は、こうした考え方は方向性が違うと思う。東大理系数学が大きく難易度を下げたことによる効果は、数学で一定以上の得点をとらないと合格できないというメッセージを与えたかったからだと考える方が自然だ。東大理系数学は従来から難易度が比較的高く、場合によっては低得点でも他の科目でカバーすることができてしまう余地が大きいため、数学より他の得意科目の対策に時間をかけるという指導法も通用する場合があった。難易度が下がれば、標準的な問題をすばやく正確に解くことが求められ、数学でも一定の点数を取らなければ合格できなくなり、男女を問わず数学が不得意な学生は合格しにくくなる。数学が得意な学生を合格させたいのではなく、数学が極端に不得意な学生を落としたいという考え方だ。こうした方針の転換は京大でも一時期見られた。

 

男女の合格率の比が高い大学の継続性に関する記述が誤解を生じる記述になっている

 週刊朝日の記事では、AERA.dotでは掲載されていた経年変化の数値がランキングに掲載されておらず、読者は、値の経年変化を情報として得られなくなっている。にも拘わらず、本文中では、過去数年のデータを調べたという記述があり、あたかもデータ的な裏付けがあるかのように示唆しているが、その内実は比較方法が不徹底で誤解を生じやすい。

例えば、記事中には次のような比較の文章がある。 

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第一に、医学科の「1.3倍以上は約3割」という数字がどういう数字なのかはっきりしない。例えば2018年度1.3倍を超えた大学は19校であり、32.2%になる。しかし下段の理工系学部との比較でやるなら、過去5年分の医学科のデータの中で1.3倍を超えたものの割合を比較しなければならない。「1.3倍以上は約3割」はそういうデータなのか明示がない。この書き方だと2018年度のみを見ているのではないかという疑いが強い。例えば東京医大は読売記事によれば2017年度は3倍を超えていない。

第二に、「七つの有名私大」とはどこなのか?早慶上智以外に4校あるはずだが、それはどこなのか?関西にも同志社立命・関西・関西学院とあり、関東にも、東京理科・明治・中央・青山・法政などとある。比較対象を明示しないデータに信頼性はない。

第三に、「7割が0.8~1.3倍未満に集中」というのは、何の7割なのか?7校5年分の35個のデータの7割という意味なのか?そもそも、医学科で1.3倍以上が3割で、有名7私大の理工学部で0.8~1.3倍未満が7割というデータを比較して、医学科の方に何か問題があると結論できるのだろうか?比較の仕方が不鮮明で議論の根拠が曖昧である。

にもかかわらず大学通信の安田賢治氏は、

医学部入試では、男子優遇の構造的な問題があるのではないかと指摘されてきた。男女の合格倍率比がほかより高く、そうした状態が続いている大学は、男子優遇の懸念が強くなる

などと述べている。本文に示されているデータや根拠から、「男子優遇の構造的な問題」を指摘することなど全く不可能だ。指摘できるのは、個別の大学のことに過ぎない。その例が、東京医大・聖マリアンナ医科大・日大であり、本文で指摘されている。(しかし東京医大ですら、男女の合格倍率比は、継続して男性の方が高い、というわけではなかったのだ。)

第四に、国公立の医学科に対する記述が不正確で誤解を招く。

本文の記述は次の通りだ。

 

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本文で指摘されているのは、北海道大・三重大・山口大である。

まず、大学通信のデータ(週刊朝日AERA.dot)と読売のデータには、なぜか新潟大のデータが欠落しているように見える。ハフポストの記事では、新潟大の受験者ベースの合格率で女性が低いことをランキングの中で示していたにも関わらずである。2018年度で見ると、新潟大は、この3大学よりも比が大きいはずである。

次に、前段で安田賢治氏が、倍率比の継続性に言及し、日大に関する記述でも継続性が記載されているのに、大学名を明示されている3大学の倍率比の継続性について何ら言及がない。有名7私大の過去5年分のデータを調べるくらいなのだから、国公立でも過去5年分くらいのデータは調べていなければおかしい。もし調べているにも関わらず上のような記述になったとすれば、それは5年分のデータで継続性が裏付けられなかったからだ、と類推するほかはない。

実際に、北海道・三重・山口・滋賀医科に加えて新潟と早稲田の理工3学部の合計値、上智理工の一般入試データの経年変化を調べると次のようになっているのである。

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2018年度に合格倍率比が高かった大学がそれ以前も同様に高いとは言いにくいし、早稲田の理工3学部と比較して極端に高いとも言えない。上智理工は継続して女性の方が合格率が高いようである。(年によっては、0.8を下回る年もある。)

最後に、志願者ベースでは不正確になる大学があることも繰り返し指摘しなければならない。三重大がその典型例で、受験者ベースで見れば、週刊朝日のいう「0.8~1.3」の範囲から過去5年1度もはみ出していないのに、志願者ベースでみて2018年度は上位にランクインしているために繰り返し実名で言及されてしまうのである。

 

 

*1:女性志願者の物理選択者がどのような成績分布をしているか等の点は従来から指摘がある。