英語民間試験を「選抜試験としての大学入試」に利用することの12の問題点(暫定版)

高大接続改革に伴う2020年からの入試改革において、民間団体が実施する検定試験を大学入試に組み込むことが検討されている。しかし、この方法には様々な問題点があり、現時点でそれらは全く解決されていないと言って良い。この記事では、ひとまず以下の12個の観点に整理して、問題点を指摘する。

  1.  同一の選抜試験における受験生の(英語)得点を、異なる試験のスコアを用いて行うことは公平性を欠いている。
  2. 問題作成と採点にかかわる民間団体と受験者の間で、民間団体に利益をもたらす接触が規制されていない状況では、試験の公正な実施を損なう恐れがある。
  3. 試験の公正・公平な実施環境が確保されない危険性がある。
  4. 採点が適正に行われない危険がある。
  5. 地域的・経済的格差を助長する危険性や障碍を持つ学生への配慮が十分でない可能性がある。
  6. 受験生の英語力を十分に識別できない危険がある。
  7. 学力評価に適さない問題や選抜試験として適切でない出題がある。
  8. 解答例の公表や採点ミス、機材故障に対する対応が万全でない。
  9. 成績提供システムの準備不足。
  10. 受験生に対して過重な負担がかかることへの懸念。
  11. 高校生の「英語力向上」に資する方策として適切か。
  12. センター試験を運営するノウハウが喪失する。

(なお、本稿を書くにあたって、『検証 迷走する英語入試――スピーキング導入と民間委託 (岩波ブックレット)』(南風原 朝和 編)大橋穣二氏作成の<みんなで使おう>英語入試関連資料、およびツイッター上で仄聞した様々な情報源を参考にさせて頂いた。そのすべてをあげることはできないが、ここで御礼申し上げる。本来はより詳細に各項目の事例集を作るべきであろうが、今はその余力はない。必要に応じて後日修正を行う可能性がある。) 

 なお、公平性という観点からまとめた以下の比較記事も参照されたい。

 

以下、各項目をさらに詳しく説明する。

1. 同一の選抜試験における受験生の(英語)得点を、異なる試験のスコアを用いて行うことは公平性を欠いている。

  •  実施団体の異なる民間試験のスコアを比較するためのCEFR対照表は、作成過程が不明瞭。スコアの境界の確定方法が緩く根拠が弱い。しかも年々変更されているにも関わらず十分な根拠の説明がなく、客観性に乏しい。
  • 同じ実施団体の試験であっても、実施時期や難易度が異なる試験のスコアを項目応答理論等で統計的に標準化したスコアで比較することは、同一の選抜試験の受験生を序列化するという目的に照らして公平と言えるか疑問。

2. 問題作成と採点にかかわる民間団体と受験者の間で、民間団体に利益をもたらす接触が規制されていない状況では、試験の公正な実施を損なう恐れがある。

  •  問題作成団体が自らの試験の公式対策問題集などを販売して利益を得ることができる。
  • 実施団体の商品を購入させる強いインセンティブが生じることで、受験者側に過重な経済的負担を強いたり、逆に自らの実施する試験の優位性を確保するためシェアの低い地域等で無料配布を行うなどの営業活動に利用される懸念がある。
  • 試験の過去問や類題が実施団体の商品の購入者にのみ漏洩することで受験者間に不公平が生じる恐れがある。
  • 地域的事情や経済的事情で作成団体の商品を購入できない受験者との格差拡大を助長しかねない。

3. 試験の公正・公平な実施環境が確保されない危険性がある。

  • 受験者と一切利害関係を持たない、十分な数の監督者を確保できない可能性がある。受験者と接点のある教員が監督者になる懸念さえ残る。
  • カンニング等の不正行為の防止が不十分となる可能性がある。
  • 実施会場が高校の場合など、問題の事前漏洩防止や受験者の解答の厳格な管理が不十分となる可能性がある。
  • 異なる実施会場で、たとえば静謐な環境の確保などの点で著しい差が生じる危険がある。
  • 統計的な標準化や難易度を調整するために事前にモニターテストを行うことで問題の漏洩を生じる恐れがある。

4.  採点が適正に行われない危険がある。

  •  高校生の多くが新たに受験することになるため、受験者の数が増え、採点枚数が大幅に増えることが予想される。その場合、採点者も多数必要になるため、十分な能力を持つ採点者が確保されず、「同一内容の答案に同一の得点を与える」ことが損なわれる危険性がある。
  • 選抜試験として利用するためには、一枚の採点ミスも許されないが、すべての答案をチェックし直す措置が取りづらく、抽出調査だけで済ませることにより、ミスが残存してしまう危険がある。
  • 内容的な一貫性・論理性をどう評価するかが実施団体によって異なることにより、同程度の学力層の答案に対して異なった評価が行われる危険がある。

5. 地域的・経済的格差を助長する危険性や障碍を持つ学生への配慮が十分でない可能性がある。

  • 民間試験の受験会場が大都市圏にしか置かれない場合、地域によっては受験できる民間試験が限定されることによる地域的な不公平を生じる危険がある。
  • 対策教材の購入や練習と本番を含めた複数回の受験費用や場合によっては会場までの旅費が必要になるなど、経済的な不公平を生じる危険がある。
  • リーディング・リスニング・ライティングに関して、現行センター試験で行われている様々な障害学生への配慮が、民間試験でより後退する恐れがある。またスピーキングは障害を持つ受験者への配慮が新たに必要となるが十分に行われない可能性がある。

6.  受験生の英語力を十分に識別できない危険がある。

  •  多くの受験生がCEFRレベルでA2に集中し、CEFRレベルだけでは多くの大学で受験生の識別=差を付けることに失敗する危険がある。その場合、受験生の選抜の役に立たなくなる。
  • CEFRレベルで差が付かない状況が顕在化すると、受験者にとって例えばA2をB1に上げる学習努力よりも、他の科目の得点を引き上げる学習努力の方が効果が大きいという状況に陥る危険があり、かえって英語学習のモチベーションを失わせる恐れがある。

7. 学力評価に適さない問題や選抜試験として適切でない出題がある。

  • いくつかの民間試験の問題作成の目的(例えば北米大学への留学の可否の判定等)が高校学習指導要領の内容と十分に一致していない面がある。
  • 民間試験の中には、出題の形式や内容が極端にパターン化されており、何度も練習のために受験することで実際の学力とは異なった評価を得る危険が高いと考えられるものがある。
  • 例えば自由度の高いライティングやスピーキングの問題において、受験生の個人的な経験や科目選択・志望・社会的関心の差が強く影響しかねない出題や何を解答すれば良いかが判然としない出題もある。これらは、英語力以前の部分で解答に差が付くことにより適正な学力評価を損なう危険がある。
  • 一定の「型」に沿ったもののみが評価される傾向が強く、学力評価が歪む危険性がある出題が見られる。

8. 解答例の公表や採点ミス、機材故障に対する対応が万全でない。

  • 大学入試の問題は、近年、解答例の原則公表が義務付けられた。しかし民間試験は、統計的な処理の必要性などの観点から、問題や解答例の公表が不十分なものがあり、二重基準に陥っている。
  • 採点等にミスが発覚した場合や不正行為が後日明らかになった場合の責任体制が必ずしも明確でない。特に、各大学の二次試験とは異なり、採点ミスや不正行為は当該学生の出願したすべての大学に及ぶことになり、影響範囲が大きく、混乱を引き起こしかねない。
  • 機器の故障率を極めて低く抑えているセンター試験とは異なり、大規模な機材故障やデータ欠損が生じる危険性がある。その場合、再試験の仕組みが不十分であったり、日程的に他の試験で代替できない場合など、当該受験者の大学受験そのものに大きく影響する恐れがある。

9. 成績提供システムの準備不足。

  • 民間試験の数が多く、提供される多様なスコアを整理し、大学側が合否判定に活用するために要求するデータを提供できるシステムの開発は十分とは言えない状況にある。また高2段階でのスコアも使用可能となる可能性もあり、システムの開発が間に合わない危険がある。その場合、大学側の合否判定で混乱を生じる危険がある。

10. 受験生に対して過重な負担がかかることへの懸念。

  • 大学によって使用する試験の種類や活用の種類(出願基準か加点方式か等)および全得点への反映割合などが著しく異なることにより、受験者に過重な負担がかかる恐れがある。
  • 移行期間では、民間試験と共通試験という測定する技能に重なりのある2種類の英語試験を受験する必要があり負担感が増す。

11. 高校生の「英語力向上」に資する方策として適切か。

  • 高校の英語教育が民間試験の対策に傾注し、高校の英語学習への悪影響を及ぼすことはないか。学習指導要領と十分に整合的に行うことに困難はないか。
  • 4技能均等を強調することでかえって英語力の育成を阻害する恐れはないか。少なくともそうした観点について十分検討されていない懸念がある。

12. センター英語の作問技術等のノウハウが喪失する。

  • 共通一次センター試験の英語は、受験生全体の成績概況を的確に把握した科目であり、またそのことを維持するために問題作成に関して並々ならぬ努力を傾け様々なノウハウを蓄積している。この枠組みを廃止すると、出題に関わった人たち知見が分散し、これらの蓄積はすべて喪失してしまう危険がある。