数学Bに統計が残りベクトルが押し出されるまでの一つの経過-中教審教育課程部会 算数・数学WGの議論-

平成30年3月に公示された新学習指導要領では、数学Bにおいて、それまでの「数列・ベクトル・確率分布と統計的推測」の3分野から2分野選択するという仕組みが変更された。数学Bは、「数列・確率分布と統計的推測」の2分野とされ、「ベクトル」が新設の数学Cに移行されたのである。このことに対する賛否はともかく、このような修正が行われるまでに、だれがどのような意見を述べていたのかを可能な限り明らかにするべきだと考えた。今回注目するのは、中央教育審議会初等中等教育分科会の教育課程部会におかれた「算数・数学WG」での議論である。平成27年12月17日から平成28年5月24日まで、合計8回の会議が行われている。議事録や資料などを以下順次参照するが、本記事の結論は次の通りである。

  • 当時東京学芸大教授であった藤井斉亮氏が、WGの当初から、数学Bにおける統計選択者が非常に少ないことを問題視し、統計分野の拡充を積極的に主張している。
  • 藤井氏は、日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が平成28年5月におこなった提言「初等中等教育における算数・数学教育の改善についての提言」に副委員長として関わっている。藤井氏は第8回のWGでこの提言に言及し、統計分野の必修化もありうることを主張している。
  • 「算数・数学WG」では、椿広計(独立行政法人統計センター理事長)と戸谷圭子(明治大学教授)の両氏が委員として参加しており、統計教育や統計の重要性について説明している。ただし、戸谷氏は椿氏の筑波大教授時代の大学院生であったとみられる。
  • 「算数・数学WG」の取りまとめの中では、当初、統計の扱いは、必修の数Iは記述統計、選択の数Bは推測統計という整理だったが、第7回WG以降、統計は新設する数Cに移行することを検討するべきとされていた。これは最終的な中教審の答申(平成28年12月)でも維持されている。
  • 小学校および中学校の新学習指導要領は平成29年3月に公示されたが、高等学校の新学習指導要領の公示は平成30年3月であり、この1年余の間に、ベクトルが数Cへ移行され、統計が数Bに残るという決定が行われたことになる。この間に何があったのかは現在のところ不明である。

問題の発端-新井紀子氏の発言-

新井紀子氏がツイッターで、「統計と確率を入れないと、という圧力も大きかった」と述べていた。新井氏は具体的に誰がどの場でどのような形で圧力をかけたのかということについて十分な説明をしていない。

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他方で、統計を重要視するべきという意見は、学会や財界を含めて近年強まっているという印象がある。学習指導要領の平成21年3月の改訂では、必修の数学Iに「データの分析」という単元が新たに建てられ、記述統計の内容が必修化されている。それに対応して、センター試験においても必答問題として出題されてきた。

財界側として、たとえば、、コマツ会長の坂根正弘氏による「我が国の国際競争力再興に資する人材育成への提言 統計的問題解決能力の重要性」という文章がある。

http://www.stat.go.jp/info/t-news/pdf/1207.pdf

また学会側の例として、

統計関連学会連合理事会、および有志による「我が国の統計科学振興への提言」(平成19年2月)

http://jfssa.jp/TokeiKagakuShinkou0702.pdf

国大協へ統計分野の出題を行うことを要請する要望書(2012年10月)

http://www.jfssa.jp/demand20121008.pdf

や、具体的な試案として、中央大の田栗正章氏による
「大学入試から見た統計教育の課題~ 次期学習指導要領に向けての一提案 ~」

(統計教育の方法論ワークショップ2013年2月)

http://estat.sci.kagoshima-u.ac.jp/SESJSS/data/edu2012/A2S4_01_taguri.pdf

も見つかる。この中で、田栗氏は、数Bの統計が大学入試で出題されていないことを問題視し、アメリカでの教育指針なども参考にしつつ、数Bの統計を選択のない数IIへ移管するべきであると提言している。

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こうした動きもあってか、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会では、今回の改訂でも統計教育についての改善について議論するように論点整理を行っていた。

また、社会生活などの様々な場面において必要なデータを収集して分析し、その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており、そのような能力を育成するため、高等学校情報科等との関連も図りつつ、小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。

教育課程部会「論点整理」(算数・数学に関する抜粋):文部科学省

これを受けて、算数・数学WGの議論が行われている。

算数・数学WGでの議論(第1回~第6回)

 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会 算数・数学WGは、小谷元子(東北大教授)を主査、清水静海(帝京大教授)を主査代理とする15名の委員会である。

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いくつかの検討課題のひとつに「統計的な内容の充実について」という項目がある。

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平成27年12月17日に開かれた第1回会合の委員紹介に続く発言の中で、既に統計の取扱いについての発言が見られる。

教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第1回) 議事録:文部科学省

椿広計(独立行政法人統計センター理事長)と戸谷圭子(明治大教授)も統計に関する発言があるが、注目するべきなのは、藤井斉亮(東京学芸大教授:当時)の発言とそれを受けての真島秀行(お茶の水女子大教授)の発言であろう。

【藤井委員】 先ほどコンテンツとプロセスだと、今回どちらかというとプロセスにかなり焦点が当たるのではないかとお話をしましたけれども、コンテンツについては、今回は検討事項の1番目の一番最後にある、統計的な内容等の充実、これは決定的だと思います。今回、ここに本腰入れないと、世界から日本は本当に取り残されるんじゃないかと思うぐらいです。今回は高校が勝負かなという気がしています。
現状では、数学Bの中にあることはあるが、ほとんど履修されていない。履修の仕組みまで踏み込んでいかないとだめかなというのが一つと。それから高校の数学の先生方は、どちらかというと数学的な厳密性を大事になさるので、統計を使っていこうみたいな発想になかなか切り替わらないと思う。逆に言うと、統計的な内容を持ち込むことによって、高校生も一方的な授業から、統計的な内容の題材によってはいろいろな意見が出てきて、それこそ小学校でやっている問題解決型の授業、今はやりの言葉で言うとアクティブ・ラーニングが具現化できるかもしれない。そのきっかけにもなるかもしれないので、統計的な内容の充実については、コンテンツの面とプロセスの面と両方からきちんと今回やるべきだなと思っています。

 これを受けて、真島秀行委員がやんわりとくぎを刺す発言がある。

【真島委員】 今の統計のお話はもっともだと思っておりますけれども、先ほどから議論されている、小学校レベルであるとアクティブ・ラーニングができる、中学校もある程度できるけれども、高校は難しいという点に関してなのですけれども、小学校段階では算数で数の概念を拡張していくとか、その学び自身が常にアクティブ・ラーニング的に実現可能な題材になっていると思います。ところが、中学校、高校に行きますと、やはり歴史的に見ても相当に高いレベルの凝縮された知識になってくるわけですよね。それをいかに、先ほども言いましたけれども、限られた時間の中でどうやって教えていくか。そこのところがやはり常に問題になると思います。
統計的なところから題材を拾ってという実際のところから上げていくというのはいいんですけれども、やはり時間が掛かるところで、知識としてやっぱりきちんと教えなければいけないところは教える。そのある程度の時間は取る。そのほかにアクティブ・ラーニング的にやるべきというか、やった方が効率的であるというところはそのようにする。そういう、ちょっとめりはりをつけるというところも大事かなと思います。限られた時間の中でどうするかという議論であれば、そういうことだと思います。

 第2回、第3回の会合でも散発的な発言はあるが、統計の内容に関して本格的な議論が行われたのは平成28年3月11日に開催された第4回会合である。

ここでは椿・戸谷の両委員が、統計のカリキュラムや実用の現場での統計的手法についてプレゼンし、その後自由討議という段取りになっている。

教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第4回) 議事録:文部科学省

椿委員の説明資料

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/16/1370395_8.pdf

戸谷委員の説明資料

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/16/1370395_9.pdf

この中で椿委員は、次のように発言して、記述統計は中学段階へ移し、高校段階の数Iで仮説検証まで導入するべきと述べている。

高校の方も簡単に触れますけれども、先ほど課題として挙げられました数学1が、文理共通で行われている科目だと思いますけれども、記述統計的なグラフを、中学でやっていただくという前提の下で、この方がいいのではないかと思うのですが、数学1では、データの分析だけではなくて、データからの推論、現在相関というものは扱われているのですけれども、できれば思い切って関数の関係性を定量化する、データから定量化する単純な回帰分析と言われているものを、数学1の段階で導入してはと考えるところです。
それから、相関も単に計算ではなくて、一次関数や二次関数で予測される数値と、実際の観測値との間の相関を計算することによって、一次関数とか二次関数という概念がどれくらい適切であるかという評価行為につないでほしい。それによって、いろんなアクティブ・ラーニングが加速するのではないかと思います。
もう一点、これも記述統計を全面的に中学に落とせるという前提ですけれども、統計的な推論、本格的な推論、仮説検証を数1で一部導入してはと考えます。数学1の数と式における集合には、背理法のロジックが導入されているわけですけれども、背理法は矛盾があれば

仮説が棄却されるわけです。けれども、統計的仮説検定は矛盾ではなくて、仮説の下で計算された確率が小さければもとの仮説を否定しようと論理で、極めて背理法の論理と密接な関係があります。背理法に不確かさがあるということと考えていただければよいと思います。
あと理科系においては、今までの話との重複になりますけれども、最終ページにあるように、数学Aの確率というところにむしろ確率の利用、リスク評価、期待損失の最適化に基づく最適な行動というような原理が入ってはどうかと考えます。これが現在の確率という項目を非常に活かす方法になるのではないかと思います。
現行数学Bの確率分布と統計的な推測に関しては、先ほど事務局からありましたように、今の平均の検定ということの中で、母平均を比較するという概念が入れば、かなり一般的に有効ではないかと思います。

 戸谷委員の提言はもう少しざっくりした形になっている。f:id:rochejacmonmo:20180909210103j:plain

これらの説明を受けたあとで、真島秀行委員が次のように質問している。第1回よりも少し踏み込んで危惧の念を表明している。

【真島委員】 お二人の御説明、ありがとうございました。今の社会に生きていく人間として、子供たちを育むときに統計的な力というのがどうしても必要だということはよくわかっているつもりなのですけれども、算数・数学教育の中で御提案いただいている部分を実現するのに、先走った議論になるのですけれども、どれぐらいの時間数というか、そういったことが必要かとか、そういった外国の例だとか、あるいは日本でもしかしたら実践したとか、そういった事柄についてありましたら教えていただければと思います。もしかしたら、ある程度取り込むのは大事なことだと思っているのですけれども、全てを取り組みますと数学本来学ぶべき、あるいは知るべきことができなくなる可能性もないではないというふうに危惧するところではございますので、お伺いしております。

 しかし、これに対する椿委員の応答は、自分の提案は実際上は内容を大きく増やそうということにはならない、というものだった。

項目において、今日例えば回帰分析みたいなものをやったらどうかと申しましたけれども、そういう追加条項というのは比較的限定して、むしろ例えば確率というものを教えるときに、確率的に考えたときにどちらがリスクが大きい行動になるかといった数学的活動をむしろ重視して入れていただきたいと考えています。むしろ、そのカリキュラムのマネジメントみたいなところを工夫していただいてということが多いのです。これが第1です。
それから、統計教育の充実にとって、計算ということはできるだけICTを活用するということをやらないと、真島委員の危惧のように、やはりカリキュラムの構成、時間構成という意味で、なかなか難しいことがあるのではないかと思います。できれば今回の指導要領の中で、統計的な例えばグラフの記述とか、あるいは統計量の計算、そういうものに関しては、可能な限り計算機による時間を授業に使うという考え方、活動の方に時間をかけていただいて、それがやはり先ほどのように、限られた時間の中で何をするかということを考えていただく一つのポイントになるのではないかと感じております。

 戸谷委員は椿委員の発言をなぞっているだけである。

観点の異なる議論がいくつか行われた後、藤井斉亮(東京学芸大教授:当時)が次のように発言する。

【藤井委員】 お二人の委員、ありがとうございました。社会人として統計の素養が大事だということがよくわかりました。
少し先走ってしまうかもしれませんけれども、カリキュラムをきちんと考えようとしたときに、履修の実態も視野に入れる必要があります。例えば今日の資料7-1の2ページ目に統計に関する内容が並んでいます。一見すると、これらを一応履修するかのように見えてしまいますけれども、しかし例えば数学Bの中にある「確率分布と統計的な推測」は、今の日本の高校生ほとんど履修していない。
文科省は、多分何かデータをお持ちかもしれませんけれども、私が入手したのはセンター試験の予備校が出しているデータですけれども、どのくらい数学Bの中の「確率分布と統計的な推測」のところをセンター試験で選択するかということを見てみますと、もうほとんど選択していない。数学Bは三つあるうちの二つ取ればいいわけですから、どれを取るかといったら、「数列」と「ベクトル」が94.7%となっています。統計の内容は、カリキュラム上にあって、数学Bに置いてあるけれども、日本人は誰もほとんどそこを履修していないという実態があります。
だから、一方では情報科との関係だとかいろいろ考えなければいけませんけれども、きちんと国民の素養として統計の内容を履修できるシステムをどう作るかということを一歩踏み込んで考えないといけない。カリキュラムに並べてあっても、それはもう本当にただそれだけになってしまいます。是非、実態まで踏み込んだ検討もしないと。どこまで小学校で、どこまで中学校で、どこまで高校で必要かということを見極めて、それが履修できるシステムまで踏み込んで考えるべきだと思います。

 第5回や第6回でも統計に関する議論は種々行われているが、第6回会合で提出された資料では、「高校必修で記述統計、選択科目で推測統計」という区別が維持されている。

資料6 小・中・高等学校を通じた統計教育のイメージ、内容等の整理(案)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/31/1370946_6.pdf

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算数・数学WGでの議論(第7回)

この状況が変わるのは平成28年5月13日に開催された第7回会合である。

この会合では、次のような資料が提示され、数学Cなどの新たな科目区分を新設することが提案されている。この中で、数Bの統計的な内容を数Cに移行することが検討されている旨、説明が行われている。

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教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第7回) 議事録:文部科学省

【岡村教育課程課専門官】 お手元の資料2に基づきまして御説明いたします。お手元の資料2は科目構成の見直しについての案ということで、高等学校数学科における現行の科目構成を左側、それから見直しの案としての科目構成を右側に青い枠で示してございます。その図に示している内容の内訳については、下の方のポツで記載してございますが、まず理数探究(仮称)の創設に伴い、現在の数学活用を廃し、それから数学Cを新たに設置し、数学活用の内容を数学A、数学B、数学Cのいずれかに移行、次に数学Cは平面上の曲線と複素数平面やデータの活用(仮称)などで構成、それから数学Bの統計的な内容を数学Cに移行することについて検討、次に統計的な内容については特に情報科などとの連携を重視としてございます。

 この点については、真島委員からの質問と藤井委員からの要望がある。

【真島委員】 もう一つ、「統計的な内容について特に情報科などと連携を重視」、それで情報科に関する動きといいますか、必修になって、その中に必ず統計的な内容がしっかりと入るとか、そういった情報についてもう一度御説明いただければと思います。
【小谷主査】 では、事務局の方からお願いします。
【長尾視学官】 今朝の第6回の情報の資料ですね。統計の資料は資料6、資料6の3ページを見ていただけますと、「高等学校統計教育の充実(たたき台)」というのがございます。そこに情報科の内容を、統計に関わる部分を大体抜き出しをしています。統計については必履修科目、それから選択科目、両方で扱うということになっています。現在情報科もワーキンググループを開いていますので、そちらの方の資料で会を重ねるごとに詳しいものになっているのではないかなと思っています。
以上です。
【小谷主査】 情報科の方では、その数学との連携について、例えばこんなふうに役割を分けたい、若しくは協力したいというような御意見というのはございますか。
【長尾視学官】 情報科とは定期的といいますか、期間を置いて意見交換をしていて、それで「情報科と」と言いましたが、情報科の担当者とはそういうことをしていまして、こういう方向でいくということはお互いに了解しているということです。
【小谷主査】 藤井委員、お願いします。
【藤井委員】 情報科との関係がどうあるにせよ、きょうの午前中で出た資料6の統計教育のイメージのところで出ていた、高等学校の必修科目の内容は、小・中・高の内容を踏まえて充実するということと、問題解決で使える統計になるよう改善するという、この二つを是非数学科の中できちんと実現する形をとる方向で考えていただければと強く希望いたします。

 算数・数学WGでの議論(第8回)

平成28年5月24日に開催された第8回会合では、

算数・数学ワーキンググループにおけるこれまでの議論のとりまとめ(案)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/06/21/1372244_3.pdf

に関する議論が行われている。

p.6の科目編成にかかわる記述

○ 数学と日常生活や社会との関わりや、探究する学習を重視して開設された数学活用については、開講されている学校が少ないことや、スーパーサイエンスハイスクールなどの取組において、数学と理科で育成された能力に基づき課題の発見・解決に探究的に取り組むことで教育効果をあげている学校もあることから、理数探究(仮称)※の創設に伴い廃止し、数学Cを新たに設置し、数学Ⅰ、数学Ⅱ、数学Ⅲ、数学A、数学B、数学Cに再編するのが適当と考えられる。
○ 高等学校の多様な履修形態に対応し他科目の内容の理解を深める観点から数学Cを新たに設置し、「複素数平面」や「データの活用(仮称)」などの内容で構成することが適当と考えられる。
○ なお、高等学校の統計的な内容については、特に情報科などとの連携を重視することが求められる。

 や、p.8の統計に関する記述

○ また、社会生活などの様々な場面において、必要なデータを収集して分析し、その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており、そのような能力を育成するため、高等学校情報科等との関連も図りつつ、小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。
○ 小学校においては、統計的な問題解決の充実を図る。具体的には、グラフを作成したのち、考察し、さらに新たな疑問を基にグラフを作り替え、目的に応じたグラフを作成し考察を深める。また、ある目的に応じて示されたグラフを多面的に吟味する。また、棒グラフや折れ線グラフ、ヒストグラムに関して、複数系列のグラフなどを扱ったり、二つ以上の集団を比較したり、平均値以外の代表値を扱ったりするよう見直す。さらに、季節の移り変わりと算数の折れ線グラフなど、理科や社会など他教科等と算数の内容の関連を引き続き留意する。
○ 中学校においては、例えば、日常生活や社会などにかかわる疑問をきっかけにして問題を設定し、それを解決するために必要なデータを集めて表現・処理し、統計量を求めることで、分布の傾向を把握したり、二つ以上の集団を比較したりするなどして問題の解決に向けた活動を充実することが適当である。また、統計的な表現について、小学校での学習内容や他教科等での学習内容との関連等に留意し、扱う内容を見直す。
○ 高等学校においては、統計をより多くの生徒が履修できるよう科目構成及びその内容について見直すとともに、必履修科目の内容を充実させること、選択科目の統計の内容を様々な場面で「使える統計」となるよう改善を図る。また、数学で学習した統計の基本的な知識や技能等を基盤としつつ、情報科において統計を活用して問題解決する力を育むなど、情報科との関連を充実する。

 真島委員からは、科目構成に関する記述や統計に関する記述が踏み込み過ぎあるいは突出しすぎではないかといった懸念が示されているが、その後の藤井委員と事務局のやり取りに注目したい。

【藤井委員】 8ページの高等学校の統計のところですけれども、必修科目、選択科目というふうに明記してあって、選択科目の中に統計が位置付くということが決定されているように読めます。実は日本学術会議の数理科学委員会の数学教育分科会の提言が5月19日付けで公になったんですけれども、そこでは、統計教育の充実といったときに、統計の内容を選択科目に置いておくと、いつまでも履修されないので、むしろ思い切って必修科目の中に位置付くような仕組みを作れないかというような提言も出されております。統計の内容の充実と、使える統計となるように改善を図るというぐらいにしてはどうか。

【小谷主査】 何かございますか。
【藤井委員】 この段階で決定されてしまうような書き方がちょっと気になります。
【大杉教育課程企画室長】 表現ぶりはいろいろ工夫は必要だと思うんですけれども、このワーキングの方向性というのは、単に方向性を決めるだけではなくて、実際に指導要領をどうしていくかという段階に入ってまいりますので、余り曖昧な表現ぶりでいけるというようなものでもないということは少しお含みおきいただければなというふうに思います。もう具体的にこういう指導要領を目指していくということを提言いただく段階でございますので、そうしたことを踏まえながら、少し御相談をさせていただきたいというふうに思います。
【小谷主査】 それでは、よろしくお願いします。
【長尾視学官】 ちょっと書き方がよくないのかもしれないですけど、統計の必履修科目の内容を充実させる、統計の選択科目の内容を使えるものにするという書きぶりなんですね、これ。
【小谷主査】 私も実はそういうふうに読みました。統計を必修と選択と両方にというふうに書かれているというふうに私は読んだんですが。
【藤井委員】 現状を見ますと数学Bの中にある統計がほとんど履修されていない。その実態を踏まえると、幾らカリキュラムがよくなっても結果的には統計は履修されないまま終わるのではないかということが危惧されるという意味です。
【長尾視学官】 それでさっき数Cにというふうなことを書いたんですけれども。
【藤井委員】 分かりました。
【小谷主査】 必修科目ということが書かれていることと、数学Cのこともございますので、このような形でまとめさせていただければと存じます。

 ここでも藤井氏が数Bの統計の内容が履修されないことに強い危惧を表明し、選択科目ではなく必修科目として処遇される可能性を残すことに強いこだわりを見せている。特に、日本学術会議の提言を引いていることに注目したい。藤井氏は、自ら副委員長としてこの提言に積極的に関与している。この提言の中身についてはあとで見る。藤井氏は、事務方からの「数Cへの移行」といった説明で矛を収めている。

 

ここで検討されたWGとしての議論の取りまとめは、教育課程部会へ上げられ、最終的に中教審の答申に盛り込まれた。平成28年12月に提出された

「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_0.pdf

という答申の中で、科目編成や統計の取扱いは次のように述べられている。(p.142-143)

○ 高等学校の「数学活用」については、開設されている学校が少ないことや、スーパーサイエンスハイスクールなどの取組で成果を上げている課題研究と同様の趣旨の「理数探究」及び「理数探究基礎」が新設されることに伴い廃止する。ただし、「数学活用」は事象を数理的に考察する能力や数学を積極的に活用する態度などを育てる内容で構成されており、これらは今回の改訂でも重視すべきことであることから、新たに「数学C」を設けて高等学校数学科を「数学Ⅰ」、「数学Ⅱ」、「数学Ⅲ」、「数学A」、「数学B」、「数学C」に再編するとともに、「数学活用」の内容をその趣旨などに応じてそれぞれ「数学A」、「数学B」、「数学C」に移行することが適当である。なお、高等学校数学科の必履修科目は「数学Ⅰ」とする。(別添4-4を参照)
「数学C」は、高等学校の多様な履修形態に対応し、活用面において基礎的な役割を果たす「データの活用」その他の内容で構成することが適当と考えられる。
○ なお、高等学校の統計的な内容については、特に情報科などとの連携を重視することが求められる。

ⅱ)教育内容の見直し
(中略)
○ また、社会生活などの様々な場面において、必要なデータを収集して分析し、その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており、そのような能力を育成するため、高等学校情報科等との関連も図りつつ、小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。

 この段階に至ってもなお、数Bにおける統計の内容は数学Cに移行することが適当とされるという内容の答申になっている。ここまでのことは議事録と資料から追うことができるが、平成30年3月に公示された高等学校の新学習指導要領では、ベクトルが数Cへ押し出され、統計的な内容は数Bに数列とともに残され、選択科目ではなくなった。この間にどのような議論が行われたのかは、今のところよくわからず、第三者にも確認可能な資料がどの程度あるのかもよくわからない。何かご示唆をお持ちの方がいらっしゃったらお知らせいただければ幸いである。

日本学術会議の提言の中身はどうか

日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が平成28年5月19日付けで提言をまとめている。上記で藤井委員が言及している提言である。

「初等中等教育における算数・数学教育の改善についての提言 」

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t228-4.pdf

この提言をまとめた委員会の副委員長が藤井斉亮氏自身であることは上でも述べた。また、上の議事録の中で、何度かやんわりとくぎを刺している真島秀行氏も委員の一人である。また、新井紀子氏もこの委員会に入っていることにも注目したい。

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この提言には、統計以外にも様々な観点が盛り込まれているが、統計教育の充実には多くの紙数が割かれていることは強調しておきたい。

「数学B」では、「確率分布と統計的な推測」というかなり重要な単元を教えている高等学校はごくわずかしか存在しないという問題もある(p.12)

と指摘し、平成26年8月に出された

日本学術会議数理科学委員会数理統計学分科会、提言 ビッグデータ時代における統計科学教育・研究の推進について、2014.

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t197-1.pdf

を引用している。この提言は竹村彰通氏が委員長を務める日本学術会議数理科学委員会数理統計学分科会の審議結果をまとめたものであるが、委員には、上で出てきた椿広計氏が参加している。また、田栗正章氏が協力者として言及されている。

この中の提言4に初等中等教育への言及がある。

提言4 初等・中等教育における問題解決型の統計教育の更なる充実
平成 20 年小・中・高等学校学習指導要領改訂により立ち上がった、生きる力としての“資料に基づく問題解決教育”を強化・実質化するために、現行の高等学校数学 B では「確率分布と統計的な推測」が「数列」「ベクトル」とともに指定されている。しかるに現実の高校教育においては、同項目の選択率は低く、学習指導要領の趣旨が生かされているとは言い難い。このような状況をふまえたとき、次期学習指導要領においては、文系志望・理系志望を問わず、すべての高校生に「統計」と「確率」を必ず履修させるような配慮が払われる必要がある。また、多くの大学の大学入試で「統計」が出題されることの重要性からも、高校教育の段階で「統計」を必履修項目として取り上げることが必要である。

数学教育分科会の提言は、これらを踏まえて、より踏み込んだ履修内容に関する提案を行っている。

(イ)「数学B」は3単位の科目とし、単元選択をなくし、各1単位の「確率分布と統計的な推測」、「数列」、「ベクトル」の3単元からなるものとする。
「確率分布と統計的な推測」では数学的厳密性にはこだわらず、教科書と ICT を活用した教材を併用して、現在の学習指導要領で記載されている内容の定着を図る。(p.13)

(なお、ICT教材については、脚注に「この単元については、教科書の他に、シミュレーション等の内容を含む電子的な補助教材の提供を、教科書会社に求める。」とある。)

 これ以外に、4節を特に設けて、「小・中・高等学校における統計教育の系統化と国際通用性を踏まえた内容の拡充」について述べている。

その中でも、例えばp.17では具体的な提案として次のように述べられている。

高等学校
確率分布や推測統計(区間推定や検定)について学習できるようにする 。(脚注に、「これらを、不確実性に伴うリスクの評価、意思決定、複雑なシステムのシミュレーションのための数理的方法として理解させる。」とある。)
比較や予測・推測を通して判断を数量的に行うための分析手法を充実させる。
・データの標準化や二次元表の分析(連関、オッズ比)を位置づける。
・時系列グラフにおける移動平均や、最小2乗法による単回帰の扱いを充実する。
また、関数等の学習と関連づけて、指数曲線やロジスティック曲線を位置づける。

(オッズ比については脚注に、「2つの質的データの関連性を二次元表で分析する考え方は、米国 CCSSM(2010)では中学校に位置づけられている。日本では高校で、2つの量的データの関連性を散布図や相関の概念、相関係数で学習するので、質的データの場合も対応する概念や指標が存在することを「数理探究(仮称)」の科目などで発展的に学習することが望ましい。」とある。)

全体像の一例は次のようになっている。

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 個人的な感想としては、この提言が述べているような枠組みを高校段階までの必修で組み込むというのはさすがにボリュームが大きすぎるのではないかと思う。

なお、高校の選択科目に関する提言の記述の全体は次のようなものである。(p.12)

オプション科目は教育の多様性を生かすために作られたが、各大学が入学試験の出題範囲を同じものとした方が、受験者の大学選択の自由度が増えるという現実の下では、あまりうまく機能していない。例えば、現行教育課程の「数学A」では標準単位が2単位であるにもかかわらず、多くの大学が3単元すべてを出題範囲とした結果、授業時間が限られる中で3単元すべてを履修する高等学校が多く、理解不足をひき起こしている。また、単元選択という性格上、各単元は1単位分の量にする必要があり、例えば、「数学A」の「整数の性質」では、非常に重要な「約数と倍数」に、それほど重要ではない「ユークリッドの互除法 」と「整数の性質の活用」を加えて1単位分としており、内容の選択に無駄が生じている。単元選択ということを止め、必要なことのみを教えることにすれば、現在の「数学A」は2単位で主要な内容をすべて教えることができる。なお「数学B」では、「確率分布と統計的な推測」というかなり重要な単元を教えている高等学校はごくわずかしか存在しないという問題もある。
同様の問題は旧教育課程の「数学C」にもあり、「式と曲線」の中の「曲線の媒介変数表示」など、それほど重要ではないものが含まれていた。「数学C」は現行教育課程では「数学Ⅲ」に吸収されたが、その様にしてできた新課程の「数学Ⅲ」では、旧課程の「数学Ⅲ」にはなかった「複素数平面」を追加するため、大学教育で重要な線形代数学に続く「行列とその応用」が削除され、高大接続における大きな問題となっている。また、その様にしてできた新課程の「平面上の曲線と複素数平面」は、旧課程の「数学Ⅲ」にあった内容(微分積分学)とうまく調和していない。

個人的には青字で強調した箇所の記述には違和感がある。「約数と倍数」を非常に重要とし、「互除法」や「整数の性質の活用」(合同式やn進法)を「それほど重要でない」と形容する重みづけは適切とは思えない。また、それとあえて比較したようにしか見えない「かなり重要」という重みづけで「確率分布と統計的推測」をおくことにも違和感がある。

 

最後に冒頭に戻って、新井紀子氏が、「統計と確率を入れないと、という圧力も大きかった」と述べたのは、こうした委員会の場でのやりとりということなのだと思われる。しかし日本学術会議の数理科学委員会数学教育分科会は議事次第しか公開していないので、実際にどのような議論が行われたのかはよくわからない。