安河内哲也責任編集『英語4技能の勉強法をはじめからていねいに』は現在行われている入試の実態をミスリードしていないか

東進ブックスから2018年3月に出版された『英語4技能の勉強法をはじめからていねいに』(安河内哲也責任編集)という書籍がある。この書籍には、現在の大学入試で行われている英語の試験にかかわる点について、いくつかのミスリードを引き起こしかねないアンフェアな記述がみられる。もちろん、英語の勉強法については意味のある記述もたくさんあるだろう。しかし、安河内氏自身が4技能入試を推進する側であることを鑑みれば、4技能入試と現在の大学入試の比較にアンフェアな記述があるとすれば、英語の民間試験への委託の問題と考えあわせても不当な宣伝効果をあげることになってしまう。以下、この書籍の記述をいくつか拾いだして検討する。

 

センター試験と個別試験とを混在させた記述はアンフェアだ

同書p.20に次のような記述がある。

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これはセンター試験に関する記述としてはおおむね妥当であり、非常に小さいが欄外に個別入試のことが記述されている。その脚注は、

個別入試の場合、各大学が独自の問題・配点で1~3技能を測っている。また、英訳・和訳など、日本語を使用した問題が多い。

である。国公立の2次試験では、英訳・和訳以外にも条件付きもしくは自由英作文と分類される様々なライティングの問題が出題されている。(リスニングを課す大学もある。)国公立の個別入試は、センター試験と合わせることで、実質的に、リーディング・リスニング・ライティングの3技能を測っていることになる。少なくとも国公立の場合、大学入試の英語において、スピーキング以外の3技能は試験に組み込まれている。私立大学は入試日程が多様だが、完全マーク式とは限らない。リスニングやライティングに関する出題がある大学も珍しくはない。

しかし同書は、大学入試では2技能試験の勉強しかしていないと強調する。この2技能はおそらくリスニングとリーディングなのだろう。例えば、少し先のページで次のように言う。

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この記述は、上で述べたように、国公立はもちろん私立でも、大学入試の英語では、センター試験と個別試験で3つの技能(リスニング・リーディング・ライティング)が試験されているということを無視している。こうした記述は現在の大学入試における英語試験の実態をミスリードするもので不当な記述と言わなければならない。

 

大学入試で出題される英文が名著の翻訳を求める問題のみであるかのような記述はアンフェアだ

p.32の記述にはもうひとつ不当な記述がある。

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少なくともここ10年を振り返って、大学入試問題が翻訳しかだされていないかのような印象を与える記述は不当である。英文和訳と和文英訳の2種類にもっとも強くこだわりを見せている大学の一つである京大英語でさえ、最近は出題の様式を少しずつ変えてきている。ましてや東大英語は、リーディング・リスニング・ライティングの3技能を多様な問題を使って試験する形式を20年以上は続けている。少なくとも1990年代の後半にはリスニング試験も導入されている。名著の翻訳が英語入試の主要な部分を占めていた時代があるかどうかはわからないが、いずれにしてもそうした時代は相当古いものだということだけは間違いない。近年の大学入試で使われる文章は、名著だけではなく様々な媒体が取られていることは、各大学の過去問やセンター試験の過去問を見れば明らかなことだ。

 4技能試験があたかも単一の対策で乗り切れるかのような印象を与える記述はアンフェアだ

 試験対策に関する記述も不当である。

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一々具体例をあげるつもりもないが、

例えばGTECの問題サンプル

GTECのサンプル 話す問題 | GTEC | ベネッセの英語検定

TOEFL-iBTの問題サンプル

https://www.ets.org/Media/Tests/TOEFL/pdf/SampleQuestions.pdf

を見て、これが単にレベルの違いであり、内容や形式は似ているとはとても言えない。

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民間試験は少なくとも8種類あり、CEFRに準拠しているということを一応認めたとしても、それらの試験で「話す内容や形式がよく似ている」というのは言い過ぎであろう。どれにでも通用しうる勉強法があるというのなら、現状の大学入試も個別の大学の形式にとらわれない勉強法はあるだろうし、現状の大学入試だけをことさら個別対策が必要であるかのように述べるのは不当な比較と言わざるを得ない。

4技能試験の問題が現在の大学入試問題よりも適切であるとする根拠が不明確

4技能試験の問題作成と大学入試の問題作成が比較されている部分がある。

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すでに指摘したように、大学入試の英文が原書や論文がほとんどであるというのは実態とは異なる。それをおいておくとしても、問題の選定が作問者の主観だと断定する記述は不可解である。この「作問者の主観」が何を意味するのか不明瞭だ。そもそも大学入試の作問者が受験者のレベルを考えていないことなどありえないし、今は使われていない表現が出てくることはあっても稀かもしれない。専門的な知識や高校生が知らないことが本当に問題を解くうえで必要不可欠になってくる出題が多くみられるのかもはっきりしない。古い文献が出題されることも稀な例なのではないか。英文の量や問題の形式がだいたい一定というのも何と何を比較しているのか不明確だ。現在の大学入試でも大学によって(つまり受験する学生のレベルや大学の求めるものの違いによって)英文の量や形式に違いはあるが、それは4技能試験でも同様ではないのか。従来の入試に比べて4技能試験の方が優れていることを印象付けようとするこの比較は不当だ。

 

4技能試験自体が新たなパターン暗記教育を招来してしまわないか

これは少し微妙な観点だが、本書で述べられている内容のいくつかの部分を見ていると、悪い意味でのパターン暗記教育を再生産する危険性も潜んでいるように見える。

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「プロの教科書作家が書いているため論理展開がきちんとしている」は、あたかも現在の大学入試で「論理展開がきちんとしていない」文章が出題されていることもあるかのような記述で噴飯物だと思うが、それはさておいたとしても、本書で述べられている「論理力」があまりにもテンプレート的な点が気になる。

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プロの教科書作家が書いた文章が論理的だということが、こうしたテンプレ構造にマッチしているということなのだとすると、それは非常に危うい。本当に複雑なことを書いたり、本当に複雑なことを読み取ったりしなければいけない場面で、こうしたテンプレに依りかかると通用しなくなる危険も高いように思われる。

例えば、最初の方でみた次のコマを思い出してみる。

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ここで教授は、なぜアメリカ大統領は国民の反対の声が大きいにも関わらず第二次世界大戦に参戦することを決断したのかを問うている。しかし、これは、上で述べていたような簡単なテンプレ構造ではとても収まりきらない。そもそもこうしたことについて「自分の意見を述べよ」というような(外国語科目としての)英語科目がありうるか同課も怪しいが、それを別にしたとしても、歴史の問題としてまず日本語ですら妥当な記述を書いたり述べたりすることが難しい。4技能試験を目指して英語を勉強してきた学生が、こうした問題に対して、本当に妥当な解答を述べられるようになるのか、また本書で述べられているような英語の学習が、それに資するものになるのかどうか、正直危ういと思う。