数学Bに統計が残りベクトルが押し出されるまでの一つの経過-中教審教育課程部会 算数・数学WGの議論-

平成30年3月に公示された新学習指導要領では、数学Bにおいて、それまでの「数列・ベクトル・確率分布と統計的推測」の3分野から2分野選択するという仕組みが変更された。数学Bは、「数列・確率分布と統計的推測」の2分野とされ、「ベクトル」が新設の数学Cに移行されたのである。このことに対する賛否はともかく、このような修正が行われるまでに、だれがどのような意見を述べていたのかを可能な限り明らかにするべきだと考えた。今回注目するのは、中央教育審議会初等中等教育分科会の教育課程部会におかれた「算数・数学WG」での議論である。平成27年12月17日から平成28年5月24日まで、合計8回の会議が行われている。議事録や資料などを以下順次参照するが、本記事の結論は次の通りである。

  • 当時東京学芸大教授であった藤井斉亮氏が、WGの当初から、数学Bにおける統計選択者が非常に少ないことを問題視し、統計分野の拡充を積極的に主張している。
  • 藤井氏は、日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が平成28年5月におこなった提言「初等中等教育における算数・数学教育の改善についての提言」に副委員長として関わっている。藤井氏は第8回のWGでこの提言に言及し、統計分野の必修化もありうることを主張している。
  • 「算数・数学WG」では、椿広計(独立行政法人統計センター理事長)と戸谷圭子(明治大学教授)の両氏が委員として参加しており、統計教育や統計の重要性について説明している。ただし、戸谷氏は椿氏の筑波大教授時代の大学院生であったとみられる。
  • 「算数・数学WG」の取りまとめの中では、当初、統計の扱いは、必修の数Iは記述統計、選択の数Bは推測統計という整理だったが、第7回WG以降、統計は新設する数Cに移行することを検討するべきとされていた。これは最終的な中教審の答申(平成28年12月)でも維持されている。
  • 小学校および中学校の新学習指導要領は平成29年3月に公示されたが、高等学校の新学習指導要領の公示は平成30年3月であり、この1年余の間に、ベクトルが数Cへ移行され、統計が数Bに残るという決定が行われたことになる。この間に何があったのかは現在のところ不明である。

問題の発端-新井紀子氏の発言-

新井紀子氏がツイッターで、「統計と確率を入れないと、という圧力も大きかった」と述べていた。新井氏は具体的に誰がどの場でどのような形で圧力をかけたのかということについて十分な説明をしていない。

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他方で、統計を重要視するべきという意見は、学会や財界を含めて近年強まっているという印象がある。学習指導要領の平成21年3月の改訂では、必修の数学Iに「データの分析」という単元が新たに建てられ、記述統計の内容が必修化されている。それに対応して、センター試験においても必答問題として出題されてきた。

財界側として、たとえば、、コマツ会長の坂根正弘氏による「我が国の国際競争力再興に資する人材育成への提言 統計的問題解決能力の重要性」という文章がある。

http://www.stat.go.jp/info/t-news/pdf/1207.pdf

また学会側の例として、

統計関連学会連合理事会、および有志による「我が国の統計科学振興への提言」(平成19年2月)

http://jfssa.jp/TokeiKagakuShinkou0702.pdf

国大協へ統計分野の出題を行うことを要請する要望書(2012年10月)

http://www.jfssa.jp/demand20121008.pdf

や、具体的な試案として、中央大の田栗正章氏による
「大学入試から見た統計教育の課題~ 次期学習指導要領に向けての一提案 ~」

(統計教育の方法論ワークショップ2013年2月)

http://estat.sci.kagoshima-u.ac.jp/SESJSS/data/edu2012/A2S4_01_taguri.pdf

も見つかる。この中で、田栗氏は、数Bの統計が大学入試で出題されていないことを問題視し、アメリカでの教育指針なども参考にしつつ、数Bの統計を選択のない数IIへ移管するべきであると提言している。

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こうした動きもあってか、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会では、今回の改訂でも統計教育についての改善について議論するように論点整理を行っていた。

また、社会生活などの様々な場面において必要なデータを収集して分析し、その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており、そのような能力を育成するため、高等学校情報科等との関連も図りつつ、小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。

教育課程部会「論点整理」(算数・数学に関する抜粋):文部科学省

これを受けて、算数・数学WGの議論が行われている。

算数・数学WGでの議論(第1回~第6回)

 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会 算数・数学WGは、小谷元子(東北大教授)を主査、清水静海(帝京大教授)を主査代理とする15名の委員会である。

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いくつかの検討課題のひとつに「統計的な内容の充実について」という項目がある。

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平成27年12月17日に開かれた第1回会合の委員紹介に続く発言の中で、既に統計の取扱いについての発言が見られる。

教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第1回) 議事録:文部科学省

椿広計(独立行政法人統計センター理事長)と戸谷圭子(明治大教授)も統計に関する発言があるが、注目するべきなのは、藤井斉亮(東京学芸大教授:当時)の発言とそれを受けての真島秀行(お茶の水女子大教授)の発言であろう。

【藤井委員】 先ほどコンテンツとプロセスだと、今回どちらかというとプロセスにかなり焦点が当たるのではないかとお話をしましたけれども、コンテンツについては、今回は検討事項の1番目の一番最後にある、統計的な内容等の充実、これは決定的だと思います。今回、ここに本腰入れないと、世界から日本は本当に取り残されるんじゃないかと思うぐらいです。今回は高校が勝負かなという気がしています。
現状では、数学Bの中にあることはあるが、ほとんど履修されていない。履修の仕組みまで踏み込んでいかないとだめかなというのが一つと。それから高校の数学の先生方は、どちらかというと数学的な厳密性を大事になさるので、統計を使っていこうみたいな発想になかなか切り替わらないと思う。逆に言うと、統計的な内容を持ち込むことによって、高校生も一方的な授業から、統計的な内容の題材によってはいろいろな意見が出てきて、それこそ小学校でやっている問題解決型の授業、今はやりの言葉で言うとアクティブ・ラーニングが具現化できるかもしれない。そのきっかけにもなるかもしれないので、統計的な内容の充実については、コンテンツの面とプロセスの面と両方からきちんと今回やるべきだなと思っています。

 これを受けて、真島秀行委員がやんわりとくぎを刺す発言がある。

【真島委員】 今の統計のお話はもっともだと思っておりますけれども、先ほどから議論されている、小学校レベルであるとアクティブ・ラーニングができる、中学校もある程度できるけれども、高校は難しいという点に関してなのですけれども、小学校段階では算数で数の概念を拡張していくとか、その学び自身が常にアクティブ・ラーニング的に実現可能な題材になっていると思います。ところが、中学校、高校に行きますと、やはり歴史的に見ても相当に高いレベルの凝縮された知識になってくるわけですよね。それをいかに、先ほども言いましたけれども、限られた時間の中でどうやって教えていくか。そこのところがやはり常に問題になると思います。
統計的なところから題材を拾ってという実際のところから上げていくというのはいいんですけれども、やはり時間が掛かるところで、知識としてやっぱりきちんと教えなければいけないところは教える。そのある程度の時間は取る。そのほかにアクティブ・ラーニング的にやるべきというか、やった方が効率的であるというところはそのようにする。そういう、ちょっとめりはりをつけるというところも大事かなと思います。限られた時間の中でどうするかという議論であれば、そういうことだと思います。

 第2回、第3回の会合でも散発的な発言はあるが、統計の内容に関して本格的な議論が行われたのは平成28年3月11日に開催された第4回会合である。

ここでは椿・戸谷の両委員が、統計のカリキュラムや実用の現場での統計的手法についてプレゼンし、その後自由討議という段取りになっている。

教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第4回) 議事録:文部科学省

椿委員の説明資料

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/16/1370395_8.pdf

戸谷委員の説明資料

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/16/1370395_9.pdf

この中で椿委員は、次のように発言して、記述統計は中学段階へ移し、高校段階の数Iで仮説検証まで導入するべきと述べている。

高校の方も簡単に触れますけれども、先ほど課題として挙げられました数学1が、文理共通で行われている科目だと思いますけれども、記述統計的なグラフを、中学でやっていただくという前提の下で、この方がいいのではないかと思うのですが、数学1では、データの分析だけではなくて、データからの推論、現在相関というものは扱われているのですけれども、できれば思い切って関数の関係性を定量化する、データから定量化する単純な回帰分析と言われているものを、数学1の段階で導入してはと考えるところです。
それから、相関も単に計算ではなくて、一次関数や二次関数で予測される数値と、実際の観測値との間の相関を計算することによって、一次関数とか二次関数という概念がどれくらい適切であるかという評価行為につないでほしい。それによって、いろんなアクティブ・ラーニングが加速するのではないかと思います。
もう一点、これも記述統計を全面的に中学に落とせるという前提ですけれども、統計的な推論、本格的な推論、仮説検証を数1で一部導入してはと考えます。数学1の数と式における集合には、背理法のロジックが導入されているわけですけれども、背理法は矛盾があれば

仮説が棄却されるわけです。けれども、統計的仮説検定は矛盾ではなくて、仮説の下で計算された確率が小さければもとの仮説を否定しようと論理で、極めて背理法の論理と密接な関係があります。背理法に不確かさがあるということと考えていただければよいと思います。
あと理科系においては、今までの話との重複になりますけれども、最終ページにあるように、数学Aの確率というところにむしろ確率の利用、リスク評価、期待損失の最適化に基づく最適な行動というような原理が入ってはどうかと考えます。これが現在の確率という項目を非常に活かす方法になるのではないかと思います。
現行数学Bの確率分布と統計的な推測に関しては、先ほど事務局からありましたように、今の平均の検定ということの中で、母平均を比較するという概念が入れば、かなり一般的に有効ではないかと思います。

 戸谷委員の提言はもう少しざっくりした形になっている。f:id:rochejacmonmo:20180909210103j:plain

これらの説明を受けたあとで、真島秀行委員が次のように質問している。第1回よりも少し踏み込んで危惧の念を表明している。

【真島委員】 お二人の御説明、ありがとうございました。今の社会に生きていく人間として、子供たちを育むときに統計的な力というのがどうしても必要だということはよくわかっているつもりなのですけれども、算数・数学教育の中で御提案いただいている部分を実現するのに、先走った議論になるのですけれども、どれぐらいの時間数というか、そういったことが必要かとか、そういった外国の例だとか、あるいは日本でもしかしたら実践したとか、そういった事柄についてありましたら教えていただければと思います。もしかしたら、ある程度取り込むのは大事なことだと思っているのですけれども、全てを取り組みますと数学本来学ぶべき、あるいは知るべきことができなくなる可能性もないではないというふうに危惧するところではございますので、お伺いしております。

 しかし、これに対する椿委員の応答は、自分の提案は実際上は内容を大きく増やそうということにはならない、というものだった。

項目において、今日例えば回帰分析みたいなものをやったらどうかと申しましたけれども、そういう追加条項というのは比較的限定して、むしろ例えば確率というものを教えるときに、確率的に考えたときにどちらがリスクが大きい行動になるかといった数学的活動をむしろ重視して入れていただきたいと考えています。むしろ、そのカリキュラムのマネジメントみたいなところを工夫していただいてということが多いのです。これが第1です。
それから、統計教育の充実にとって、計算ということはできるだけICTを活用するということをやらないと、真島委員の危惧のように、やはりカリキュラムの構成、時間構成という意味で、なかなか難しいことがあるのではないかと思います。できれば今回の指導要領の中で、統計的な例えばグラフの記述とか、あるいは統計量の計算、そういうものに関しては、可能な限り計算機による時間を授業に使うという考え方、活動の方に時間をかけていただいて、それがやはり先ほどのように、限られた時間の中で何をするかということを考えていただく一つのポイントになるのではないかと感じております。

 戸谷委員は椿委員の発言をなぞっているだけである。

観点の異なる議論がいくつか行われた後、藤井斉亮(東京学芸大教授:当時)が次のように発言する。

【藤井委員】 お二人の委員、ありがとうございました。社会人として統計の素養が大事だということがよくわかりました。
少し先走ってしまうかもしれませんけれども、カリキュラムをきちんと考えようとしたときに、履修の実態も視野に入れる必要があります。例えば今日の資料7-1の2ページ目に統計に関する内容が並んでいます。一見すると、これらを一応履修するかのように見えてしまいますけれども、しかし例えば数学Bの中にある「確率分布と統計的な推測」は、今の日本の高校生ほとんど履修していない。
文科省は、多分何かデータをお持ちかもしれませんけれども、私が入手したのはセンター試験の予備校が出しているデータですけれども、どのくらい数学Bの中の「確率分布と統計的な推測」のところをセンター試験で選択するかということを見てみますと、もうほとんど選択していない。数学Bは三つあるうちの二つ取ればいいわけですから、どれを取るかといったら、「数列」と「ベクトル」が94.7%となっています。統計の内容は、カリキュラム上にあって、数学Bに置いてあるけれども、日本人は誰もほとんどそこを履修していないという実態があります。
だから、一方では情報科との関係だとかいろいろ考えなければいけませんけれども、きちんと国民の素養として統計の内容を履修できるシステムをどう作るかということを一歩踏み込んで考えないといけない。カリキュラムに並べてあっても、それはもう本当にただそれだけになってしまいます。是非、実態まで踏み込んだ検討もしないと。どこまで小学校で、どこまで中学校で、どこまで高校で必要かということを見極めて、それが履修できるシステムまで踏み込んで考えるべきだと思います。

 第5回や第6回でも統計に関する議論は種々行われているが、第6回会合で提出された資料では、「高校必修で記述統計、選択科目で推測統計」という区別が維持されている。

資料6 小・中・高等学校を通じた統計教育のイメージ、内容等の整理(案)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/31/1370946_6.pdf

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算数・数学WGでの議論(第7回)

この状況が変わるのは平成28年5月13日に開催された第7回会合である。

この会合では、次のような資料が提示され、数学Cなどの新たな科目区分を新設することが提案されている。この中で、数Bの統計的な内容を数Cに移行することが検討されている旨、説明が行われている。

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教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第7回) 議事録:文部科学省

【岡村教育課程課専門官】 お手元の資料2に基づきまして御説明いたします。お手元の資料2は科目構成の見直しについての案ということで、高等学校数学科における現行の科目構成を左側、それから見直しの案としての科目構成を右側に青い枠で示してございます。その図に示している内容の内訳については、下の方のポツで記載してございますが、まず理数探究(仮称)の創設に伴い、現在の数学活用を廃し、それから数学Cを新たに設置し、数学活用の内容を数学A、数学B、数学Cのいずれかに移行、次に数学Cは平面上の曲線と複素数平面やデータの活用(仮称)などで構成、それから数学Bの統計的な内容を数学Cに移行することについて検討、次に統計的な内容については特に情報科などとの連携を重視としてございます。

 この点については、真島委員からの質問と藤井委員からの要望がある。

【真島委員】 もう一つ、「統計的な内容について特に情報科などと連携を重視」、それで情報科に関する動きといいますか、必修になって、その中に必ず統計的な内容がしっかりと入るとか、そういった情報についてもう一度御説明いただければと思います。
【小谷主査】 では、事務局の方からお願いします。
【長尾視学官】 今朝の第6回の情報の資料ですね。統計の資料は資料6、資料6の3ページを見ていただけますと、「高等学校統計教育の充実(たたき台)」というのがございます。そこに情報科の内容を、統計に関わる部分を大体抜き出しをしています。統計については必履修科目、それから選択科目、両方で扱うということになっています。現在情報科もワーキンググループを開いていますので、そちらの方の資料で会を重ねるごとに詳しいものになっているのではないかなと思っています。
以上です。
【小谷主査】 情報科の方では、その数学との連携について、例えばこんなふうに役割を分けたい、若しくは協力したいというような御意見というのはございますか。
【長尾視学官】 情報科とは定期的といいますか、期間を置いて意見交換をしていて、それで「情報科と」と言いましたが、情報科の担当者とはそういうことをしていまして、こういう方向でいくということはお互いに了解しているということです。
【小谷主査】 藤井委員、お願いします。
【藤井委員】 情報科との関係がどうあるにせよ、きょうの午前中で出た資料6の統計教育のイメージのところで出ていた、高等学校の必修科目の内容は、小・中・高の内容を踏まえて充実するということと、問題解決で使える統計になるよう改善するという、この二つを是非数学科の中できちんと実現する形をとる方向で考えていただければと強く希望いたします。

 算数・数学WGでの議論(第8回)

平成28年5月24日に開催された第8回会合では、

算数・数学ワーキンググループにおけるこれまでの議論のとりまとめ(案)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/06/21/1372244_3.pdf

に関する議論が行われている。

p.6の科目編成にかかわる記述

○ 数学と日常生活や社会との関わりや、探究する学習を重視して開設された数学活用については、開講されている学校が少ないことや、スーパーサイエンスハイスクールなどの取組において、数学と理科で育成された能力に基づき課題の発見・解決に探究的に取り組むことで教育効果をあげている学校もあることから、理数探究(仮称)※の創設に伴い廃止し、数学Cを新たに設置し、数学Ⅰ、数学Ⅱ、数学Ⅲ、数学A、数学B、数学Cに再編するのが適当と考えられる。
○ 高等学校の多様な履修形態に対応し他科目の内容の理解を深める観点から数学Cを新たに設置し、「複素数平面」や「データの活用(仮称)」などの内容で構成することが適当と考えられる。
○ なお、高等学校の統計的な内容については、特に情報科などとの連携を重視することが求められる。

 や、p.8の統計に関する記述

○ また、社会生活などの様々な場面において、必要なデータを収集して分析し、その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており、そのような能力を育成するため、高等学校情報科等との関連も図りつつ、小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。
○ 小学校においては、統計的な問題解決の充実を図る。具体的には、グラフを作成したのち、考察し、さらに新たな疑問を基にグラフを作り替え、目的に応じたグラフを作成し考察を深める。また、ある目的に応じて示されたグラフを多面的に吟味する。また、棒グラフや折れ線グラフ、ヒストグラムに関して、複数系列のグラフなどを扱ったり、二つ以上の集団を比較したり、平均値以外の代表値を扱ったりするよう見直す。さらに、季節の移り変わりと算数の折れ線グラフなど、理科や社会など他教科等と算数の内容の関連を引き続き留意する。
○ 中学校においては、例えば、日常生活や社会などにかかわる疑問をきっかけにして問題を設定し、それを解決するために必要なデータを集めて表現・処理し、統計量を求めることで、分布の傾向を把握したり、二つ以上の集団を比較したりするなどして問題の解決に向けた活動を充実することが適当である。また、統計的な表現について、小学校での学習内容や他教科等での学習内容との関連等に留意し、扱う内容を見直す。
○ 高等学校においては、統計をより多くの生徒が履修できるよう科目構成及びその内容について見直すとともに、必履修科目の内容を充実させること、選択科目の統計の内容を様々な場面で「使える統計」となるよう改善を図る。また、数学で学習した統計の基本的な知識や技能等を基盤としつつ、情報科において統計を活用して問題解決する力を育むなど、情報科との関連を充実する。

 真島委員からは、科目構成に関する記述や統計に関する記述が踏み込み過ぎあるいは突出しすぎではないかといった懸念が示されているが、その後の藤井委員と事務局のやり取りに注目したい。

【藤井委員】 8ページの高等学校の統計のところですけれども、必修科目、選択科目というふうに明記してあって、選択科目の中に統計が位置付くということが決定されているように読めます。実は日本学術会議の数理科学委員会の数学教育分科会の提言が5月19日付けで公になったんですけれども、そこでは、統計教育の充実といったときに、統計の内容を選択科目に置いておくと、いつまでも履修されないので、むしろ思い切って必修科目の中に位置付くような仕組みを作れないかというような提言も出されております。統計の内容の充実と、使える統計となるように改善を図るというぐらいにしてはどうか。

【小谷主査】 何かございますか。
【藤井委員】 この段階で決定されてしまうような書き方がちょっと気になります。
【大杉教育課程企画室長】 表現ぶりはいろいろ工夫は必要だと思うんですけれども、このワーキングの方向性というのは、単に方向性を決めるだけではなくて、実際に指導要領をどうしていくかという段階に入ってまいりますので、余り曖昧な表現ぶりでいけるというようなものでもないということは少しお含みおきいただければなというふうに思います。もう具体的にこういう指導要領を目指していくということを提言いただく段階でございますので、そうしたことを踏まえながら、少し御相談をさせていただきたいというふうに思います。
【小谷主査】 それでは、よろしくお願いします。
【長尾視学官】 ちょっと書き方がよくないのかもしれないですけど、統計の必履修科目の内容を充実させる、統計の選択科目の内容を使えるものにするという書きぶりなんですね、これ。
【小谷主査】 私も実はそういうふうに読みました。統計を必修と選択と両方にというふうに書かれているというふうに私は読んだんですが。
【藤井委員】 現状を見ますと数学Bの中にある統計がほとんど履修されていない。その実態を踏まえると、幾らカリキュラムがよくなっても結果的には統計は履修されないまま終わるのではないかということが危惧されるという意味です。
【長尾視学官】 それでさっき数Cにというふうなことを書いたんですけれども。
【藤井委員】 分かりました。
【小谷主査】 必修科目ということが書かれていることと、数学Cのこともございますので、このような形でまとめさせていただければと存じます。

 ここでも藤井氏が数Bの統計の内容が履修されないことに強い危惧を表明し、選択科目ではなく必修科目として処遇される可能性を残すことに強いこだわりを見せている。特に、日本学術会議の提言を引いていることに注目したい。藤井氏は、自ら副委員長としてこの提言に積極的に関与している。この提言の中身についてはあとで見る。藤井氏は、事務方からの「数Cへの移行」といった説明で矛を収めている。

 

ここで検討されたWGとしての議論の取りまとめは、教育課程部会へ上げられ、最終的に中教審の答申に盛り込まれた。平成28年12月に提出された

「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_0.pdf

という答申の中で、科目編成や統計の取扱いは次のように述べられている。(p.142-143)

○ 高等学校の「数学活用」については、開設されている学校が少ないことや、スーパーサイエンスハイスクールなどの取組で成果を上げている課題研究と同様の趣旨の「理数探究」及び「理数探究基礎」が新設されることに伴い廃止する。ただし、「数学活用」は事象を数理的に考察する能力や数学を積極的に活用する態度などを育てる内容で構成されており、これらは今回の改訂でも重視すべきことであることから、新たに「数学C」を設けて高等学校数学科を「数学Ⅰ」、「数学Ⅱ」、「数学Ⅲ」、「数学A」、「数学B」、「数学C」に再編するとともに、「数学活用」の内容をその趣旨などに応じてそれぞれ「数学A」、「数学B」、「数学C」に移行することが適当である。なお、高等学校数学科の必履修科目は「数学Ⅰ」とする。(別添4-4を参照)
「数学C」は、高等学校の多様な履修形態に対応し、活用面において基礎的な役割を果たす「データの活用」その他の内容で構成することが適当と考えられる。
○ なお、高等学校の統計的な内容については、特に情報科などとの連携を重視することが求められる。

ⅱ)教育内容の見直し
(中略)
○ また、社会生活などの様々な場面において、必要なデータを収集して分析し、その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており、そのような能力を育成するため、高等学校情報科等との関連も図りつつ、小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。

 この段階に至ってもなお、数Bにおける統計の内容は数学Cに移行することが適当とされるという内容の答申になっている。ここまでのことは議事録と資料から追うことができるが、平成30年3月に公示された高等学校の新学習指導要領では、ベクトルが数Cへ押し出され、統計的な内容は数Bに数列とともに残され、選択科目ではなくなった。この間にどのような議論が行われたのかは、今のところよくわからず、第三者にも確認可能な資料がどの程度あるのかもよくわからない。何かご示唆をお持ちの方がいらっしゃったらお知らせいただければ幸いである。

日本学術会議の提言の中身はどうか

日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が平成28年5月19日付けで提言をまとめている。上記で藤井委員が言及している提言である。

「初等中等教育における算数・数学教育の改善についての提言 」

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t228-4.pdf

この提言をまとめた委員会の副委員長が藤井斉亮氏自身であることは上でも述べた。また、上の議事録の中で、何度かやんわりとくぎを刺している真島秀行氏も委員の一人である。また、新井紀子氏もこの委員会に入っていることにも注目したい。

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この提言には、統計以外にも様々な観点が盛り込まれているが、統計教育の充実には多くの紙数が割かれていることは強調しておきたい。

「数学B」では、「確率分布と統計的な推測」というかなり重要な単元を教えている高等学校はごくわずかしか存在しないという問題もある(p.12)

と指摘し、平成26年8月に出された

日本学術会議数理科学委員会数理統計学分科会、提言 ビッグデータ時代における統計科学教育・研究の推進について、2014.

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t197-1.pdf

を引用している。この提言は竹村彰通氏が委員長を務める日本学術会議数理科学委員会数理統計学分科会の審議結果をまとめたものであるが、委員には、上で出てきた椿広計氏が参加している。また、田栗正章氏が協力者として言及されている。

この中の提言4に初等中等教育への言及がある。

提言4 初等・中等教育における問題解決型の統計教育の更なる充実
平成 20 年小・中・高等学校学習指導要領改訂により立ち上がった、生きる力としての“資料に基づく問題解決教育”を強化・実質化するために、現行の高等学校数学 B では「確率分布と統計的な推測」が「数列」「ベクトル」とともに指定されている。しかるに現実の高校教育においては、同項目の選択率は低く、学習指導要領の趣旨が生かされているとは言い難い。このような状況をふまえたとき、次期学習指導要領においては、文系志望・理系志望を問わず、すべての高校生に「統計」と「確率」を必ず履修させるような配慮が払われる必要がある。また、多くの大学の大学入試で「統計」が出題されることの重要性からも、高校教育の段階で「統計」を必履修項目として取り上げることが必要である。

数学教育分科会の提言は、これらを踏まえて、より踏み込んだ履修内容に関する提案を行っている。

(イ)「数学B」は3単位の科目とし、単元選択をなくし、各1単位の「確率分布と統計的な推測」、「数列」、「ベクトル」の3単元からなるものとする。
「確率分布と統計的な推測」では数学的厳密性にはこだわらず、教科書と ICT を活用した教材を併用して、現在の学習指導要領で記載されている内容の定着を図る。(p.13)

(なお、ICT教材については、脚注に「この単元については、教科書の他に、シミュレーション等の内容を含む電子的な補助教材の提供を、教科書会社に求める。」とある。)

 これ以外に、4節を特に設けて、「小・中・高等学校における統計教育の系統化と国際通用性を踏まえた内容の拡充」について述べている。

その中でも、例えばp.17では具体的な提案として次のように述べられている。

高等学校
確率分布や推測統計(区間推定や検定)について学習できるようにする 。(脚注に、「これらを、不確実性に伴うリスクの評価、意思決定、複雑なシステムのシミュレーションのための数理的方法として理解させる。」とある。)
比較や予測・推測を通して判断を数量的に行うための分析手法を充実させる。
・データの標準化や二次元表の分析(連関、オッズ比)を位置づける。
・時系列グラフにおける移動平均や、最小2乗法による単回帰の扱いを充実する。
また、関数等の学習と関連づけて、指数曲線やロジスティック曲線を位置づける。

(オッズ比については脚注に、「2つの質的データの関連性を二次元表で分析する考え方は、米国 CCSSM(2010)では中学校に位置づけられている。日本では高校で、2つの量的データの関連性を散布図や相関の概念、相関係数で学習するので、質的データの場合も対応する概念や指標が存在することを「数理探究(仮称)」の科目などで発展的に学習することが望ましい。」とある。)

全体像の一例は次のようになっている。

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 個人的な感想としては、この提言が述べているような枠組みを高校段階までの必修で組み込むというのはさすがにボリュームが大きすぎるのではないかと思う。

なお、高校の選択科目に関する提言の記述の全体は次のようなものである。(p.12)

オプション科目は教育の多様性を生かすために作られたが、各大学が入学試験の出題範囲を同じものとした方が、受験者の大学選択の自由度が増えるという現実の下では、あまりうまく機能していない。例えば、現行教育課程の「数学A」では標準単位が2単位であるにもかかわらず、多くの大学が3単元すべてを出題範囲とした結果、授業時間が限られる中で3単元すべてを履修する高等学校が多く、理解不足をひき起こしている。また、単元選択という性格上、各単元は1単位分の量にする必要があり、例えば、「数学A」の「整数の性質」では、非常に重要な「約数と倍数」に、それほど重要ではない「ユークリッドの互除法 」と「整数の性質の活用」を加えて1単位分としており、内容の選択に無駄が生じている。単元選択ということを止め、必要なことのみを教えることにすれば、現在の「数学A」は2単位で主要な内容をすべて教えることができる。なお「数学B」では、「確率分布と統計的な推測」というかなり重要な単元を教えている高等学校はごくわずかしか存在しないという問題もある。
同様の問題は旧教育課程の「数学C」にもあり、「式と曲線」の中の「曲線の媒介変数表示」など、それほど重要ではないものが含まれていた。「数学C」は現行教育課程では「数学Ⅲ」に吸収されたが、その様にしてできた新課程の「数学Ⅲ」では、旧課程の「数学Ⅲ」にはなかった「複素数平面」を追加するため、大学教育で重要な線形代数学に続く「行列とその応用」が削除され、高大接続における大きな問題となっている。また、その様にしてできた新課程の「平面上の曲線と複素数平面」は、旧課程の「数学Ⅲ」にあった内容(微分積分学)とうまく調和していない。

個人的には青字で強調した箇所の記述には違和感がある。「約数と倍数」を非常に重要とし、「互除法」や「整数の性質の活用」(合同式やn進法)を「それほど重要でない」と形容する重みづけは適切とは思えない。また、それとあえて比較したようにしか見えない「かなり重要」という重みづけで「確率分布と統計的推測」をおくことにも違和感がある。

 

最後に冒頭に戻って、新井紀子氏が、「統計と確率を入れないと、という圧力も大きかった」と述べたのは、こうした委員会の場でのやりとりということなのだと思われる。しかし日本学術会議の数理科学委員会数学教育分科会は議事次第しか公開していないので、実際にどのような議論が行われたのかはよくわからない。

安河内哲也責任編集『英語4技能の勉強法をはじめからていねいに』は現在行われている入試の実態をミスリードしていないか

東進ブックスから2018年3月に出版された『英語4技能の勉強法をはじめからていねいに』(安河内哲也責任編集)という書籍がある。この書籍には、現在の大学入試で行われている英語の試験にかかわる点について、いくつかのミスリードを引き起こしかねないアンフェアな記述がみられる。もちろん、英語の勉強法については意味のある記述もたくさんあるだろう。しかし、安河内氏自身が4技能入試を推進する側であることを鑑みれば、4技能入試と現在の大学入試の比較にアンフェアな記述があるとすれば、英語の民間試験への委託の問題と考えあわせても不当な宣伝効果をあげることになってしまう。以下、この書籍の記述をいくつか拾いだして検討する。

 

センター試験と個別試験とを混在させた記述はアンフェアだ

同書p.20に次のような記述がある。

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これはセンター試験に関する記述としてはおおむね妥当であり、非常に小さいが欄外に個別入試のことが記述されている。その脚注は、

個別入試の場合、各大学が独自の問題・配点で1~3技能を測っている。また、英訳・和訳など、日本語を使用した問題が多い。

である。国公立の2次試験では、英訳・和訳以外にも条件付きもしくは自由英作文と分類される様々なライティングの問題が出題されている。(リスニングを課す大学もある。)国公立の個別入試は、センター試験と合わせることで、実質的に、リーディング・リスニング・ライティングの3技能を測っていることになる。少なくとも国公立の場合、大学入試の英語において、スピーキング以外の3技能は試験に組み込まれている。私立大学は入試日程が多様だが、完全マーク式とは限らない。リスニングやライティングに関する出題がある大学も珍しくはない。

しかし同書は、大学入試では2技能試験の勉強しかしていないと強調する。この2技能はおそらくリスニングとリーディングなのだろう。例えば、少し先のページで次のように言う。

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この記述は、上で述べたように、国公立はもちろん私立でも、大学入試の英語では、センター試験と個別試験で3つの技能(リスニング・リーディング・ライティング)が試験されているということを無視している。こうした記述は現在の大学入試における英語試験の実態をミスリードするもので不当な記述と言わなければならない。

 

大学入試で出題される英文が名著の翻訳を求める問題のみであるかのような記述はアンフェアだ

p.32の記述にはもうひとつ不当な記述がある。

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少なくともここ10年を振り返って、大学入試問題が翻訳しかだされていないかのような印象を与える記述は不当である。英文和訳と和文英訳の2種類にもっとも強くこだわりを見せている大学の一つである京大英語でさえ、最近は出題の様式を少しずつ変えてきている。ましてや東大英語は、リーディング・リスニング・ライティングの3技能を多様な問題を使って試験する形式を20年以上は続けている。少なくとも1990年代の後半にはリスニング試験も導入されている。名著の翻訳が英語入試の主要な部分を占めていた時代があるかどうかはわからないが、いずれにしてもそうした時代は相当古いものだということだけは間違いない。近年の大学入試で使われる文章は、名著だけではなく様々な媒体が取られていることは、各大学の過去問やセンター試験の過去問を見れば明らかなことだ。

 4技能試験があたかも単一の対策で乗り切れるかのような印象を与える記述はアンフェアだ

 試験対策に関する記述も不当である。

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一々具体例をあげるつもりもないが、

例えばGTECの問題サンプル

GTECのサンプル 話す問題 | GTEC | ベネッセの英語検定

TOEFL-iBTの問題サンプル

https://www.ets.org/Media/Tests/TOEFL/pdf/SampleQuestions.pdf

を見て、これが単にレベルの違いであり、内容や形式は似ているとはとても言えない。

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民間試験は少なくとも8種類あり、CEFRに準拠しているということを一応認めたとしても、それらの試験で「話す内容や形式がよく似ている」というのは言い過ぎであろう。どれにでも通用しうる勉強法があるというのなら、現状の大学入試も個別の大学の形式にとらわれない勉強法はあるだろうし、現状の大学入試だけをことさら個別対策が必要であるかのように述べるのは不当な比較と言わざるを得ない。

4技能試験の問題が現在の大学入試問題よりも適切であるとする根拠が不明確

4技能試験の問題作成と大学入試の問題作成が比較されている部分がある。

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すでに指摘したように、大学入試の英文が原書や論文がほとんどであるというのは実態とは異なる。それをおいておくとしても、問題の選定が作問者の主観だと断定する記述は不可解である。この「作問者の主観」が何を意味するのか不明瞭だ。そもそも大学入試の作問者が受験者のレベルを考えていないことなどありえないし、今は使われていない表現が出てくることはあっても稀かもしれない。専門的な知識や高校生が知らないことが本当に問題を解くうえで必要不可欠になってくる出題が多くみられるのかもはっきりしない。古い文献が出題されることも稀な例なのではないか。英文の量や問題の形式がだいたい一定というのも何と何を比較しているのか不明確だ。現在の大学入試でも大学によって(つまり受験する学生のレベルや大学の求めるものの違いによって)英文の量や形式に違いはあるが、それは4技能試験でも同様ではないのか。従来の入試に比べて4技能試験の方が優れていることを印象付けようとするこの比較は不当だ。

 

4技能試験自体が新たなパターン暗記教育を招来してしまわないか

これは少し微妙な観点だが、本書で述べられている内容のいくつかの部分を見ていると、悪い意味でのパターン暗記教育を再生産する危険性も潜んでいるように見える。

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「プロの教科書作家が書いているため論理展開がきちんとしている」は、あたかも現在の大学入試で「論理展開がきちんとしていない」文章が出題されていることもあるかのような記述で噴飯物だと思うが、それはさておいたとしても、本書で述べられている「論理力」があまりにもテンプレート的な点が気になる。

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プロの教科書作家が書いた文章が論理的だということが、こうしたテンプレ構造にマッチしているということなのだとすると、それは非常に危うい。本当に複雑なことを書いたり、本当に複雑なことを読み取ったりしなければいけない場面で、こうしたテンプレに依りかかると通用しなくなる危険も高いように思われる。

例えば、最初の方でみた次のコマを思い出してみる。

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ここで教授は、なぜアメリカ大統領は国民の反対の声が大きいにも関わらず第二次世界大戦に参戦することを決断したのかを問うている。しかし、これは、上で述べていたような簡単なテンプレ構造ではとても収まりきらない。そもそもこうしたことについて「自分の意見を述べよ」というような(外国語科目としての)英語科目がありうるか同課も怪しいが、それを別にしたとしても、歴史の問題としてまず日本語ですら妥当な記述を書いたり述べたりすることが難しい。4技能試験を目指して英語を勉強してきた学生が、こうした問題に対して、本当に妥当な解答を述べられるようになるのか、また本書で述べられているような英語の学習が、それに資するものになるのかどうか、正直危ういと思う。

 

 

週刊朝日の記事は具体性に乏しく誤解を招きやすい

医学部医学科の女性に対する差別的取り扱いに関する報道が続いている。これまでにいくつか問題点を指摘した、石渡嶺司氏の記事、ハフポスト、読売、AERA.dotの各記事に続き、週刊朝日もこの問題を報じた。

この記事が掲載しているランキングは、志願者数ベースの合格率の男女比であるから、本質的に読売が報じたランキングと同じものになる。しかし、この記事は具体性を欠く様々な記述を多数含んでいるため、結果として間違った印象を読者に与えかねないものになっている。

数学の難易度が男性に有利になっているという根拠が不明

最大の問題点は次の記述だ。

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こんなことを主張する「専門家」とは誰なのか。予備校講師なのか、データを集めている記者なのか、それとも出題に関わる大学関係者なのか。このような記述は具体性に乏しく、信用に値しない。

理科の選択科目の取り扱い*1ならばともかく、全受験者に課されている数学の難易度が合格率の男女比に影響を与えているというのなら、まずそのことの実証可能な根拠を示さなければならない。数学は全受験者に全く同一の問題が課されている点で完全に公平な科目わけだから、その難易度が男女差別を助長しているなどというのは、面接における得点調整の問題などとは比べ物ならないほど慎重に議論されなければならない。

そもそも第一に、医学部を志望している男女間で数学の成績に有意な差があるということが事実なら、男女別の合格率を比較して女性受験者に対する差別的取り扱いを疑うという議論の前提そのものが完全に崩壊する。この記事を書いた吉崎洋夫・岩下明日香の両氏は、男女別の合格率で大学をランキング化するということと上の記述の整合性が取れていないことに無頓着過ぎはしないだろうか。

第二に、男女一般ではなく、医学部を受験している受験者の男女間で、数学の成績に有意な差が存在すると言う具体的なデータを提出できるのだろうか

そして第三に、数学の試験問題の難易を変更することで男女の合格率を思い通りに操作することが本当に可能なのだろうか?極端に難しくしたり、極端に易しくしたりすることはできたとしても、男女の合格率の比を1.5程度になるように数学の問題をどの程度難しくすればよいかなどという繊細な調整ができるとは到底信じられないし、数学の問題は医学部とそれ以外の学部で一部は共通した問題が使われている場合すらある。センター試験の結果によって受験生の志望動向も変わるため、どのような学力の学生が受験しに来るかどうかさえ事前に予測するのは決して易しくないのである。

さらに付け加えるなら、試験問題を難しくすることでその科目が得意な学生が選抜できるとは限らない。難しくなった試験問題では、ボーダー近辺ではあまり差が付かず、結果としてその科目の得点が高くなくても他の科目が高得点ならカバーできて合格するという事態も十分想定される。こうした点は倍率や学力分布、問題の難易度が複雑に絡んでいるので、そう簡単に調整できるものではない。

ちなみに、2017年度に東大理系数学がかなり問題の難易度を下げたことがある。このとき、(東大が女性比率を向上させたいという目標を表明していたことともあいまって)難易度を下げたのは女性比率を増やすという目的があったのだという俗説がかなり広く出回った。しかし少なくとも私は、こうした考え方は方向性が違うと思う。東大理系数学が大きく難易度を下げたことによる効果は、数学で一定以上の得点をとらないと合格できないというメッセージを与えたかったからだと考える方が自然だ。東大理系数学は従来から難易度が比較的高く、場合によっては低得点でも他の科目でカバーすることができてしまう余地が大きいため、数学より他の得意科目の対策に時間をかけるという指導法も通用する場合があった。難易度が下がれば、標準的な問題をすばやく正確に解くことが求められ、数学でも一定の点数を取らなければ合格できなくなり、男女を問わず数学が不得意な学生は合格しにくくなる。数学が得意な学生を合格させたいのではなく、数学が極端に不得意な学生を落としたいという考え方だ。こうした方針の転換は京大でも一時期見られた。

 

男女の合格率の比が高い大学の継続性に関する記述が誤解を生じる記述になっている

 週刊朝日の記事では、AERA.dotでは掲載されていた経年変化の数値がランキングに掲載されておらず、読者は、値の経年変化を情報として得られなくなっている。にも拘わらず、本文中では、過去数年のデータを調べたという記述があり、あたかもデータ的な裏付けがあるかのように示唆しているが、その内実は比較方法が不徹底で誤解を生じやすい。

例えば、記事中には次のような比較の文章がある。 

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第一に、医学科の「1.3倍以上は約3割」という数字がどういう数字なのかはっきりしない。例えば2018年度1.3倍を超えた大学は19校であり、32.2%になる。しかし下段の理工系学部との比較でやるなら、過去5年分の医学科のデータの中で1.3倍を超えたものの割合を比較しなければならない。「1.3倍以上は約3割」はそういうデータなのか明示がない。この書き方だと2018年度のみを見ているのではないかという疑いが強い。例えば東京医大は読売記事によれば2017年度は3倍を超えていない。

第二に、「七つの有名私大」とはどこなのか?早慶上智以外に4校あるはずだが、それはどこなのか?関西にも同志社立命・関西・関西学院とあり、関東にも、東京理科・明治・中央・青山・法政などとある。比較対象を明示しないデータに信頼性はない。

第三に、「7割が0.8~1.3倍未満に集中」というのは、何の7割なのか?7校5年分の35個のデータの7割という意味なのか?そもそも、医学科で1.3倍以上が3割で、有名7私大の理工学部で0.8~1.3倍未満が7割というデータを比較して、医学科の方に何か問題があると結論できるのだろうか?比較の仕方が不鮮明で議論の根拠が曖昧である。

にもかかわらず大学通信の安田賢治氏は、

医学部入試では、男子優遇の構造的な問題があるのではないかと指摘されてきた。男女の合格倍率比がほかより高く、そうした状態が続いている大学は、男子優遇の懸念が強くなる

などと述べている。本文に示されているデータや根拠から、「男子優遇の構造的な問題」を指摘することなど全く不可能だ。指摘できるのは、個別の大学のことに過ぎない。その例が、東京医大・聖マリアンナ医科大・日大であり、本文で指摘されている。(しかし東京医大ですら、男女の合格倍率比は、継続して男性の方が高い、というわけではなかったのだ。)

第四に、国公立の医学科に対する記述が不正確で誤解を招く。

本文の記述は次の通りだ。

 

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本文で指摘されているのは、北海道大・三重大・山口大である。

まず、大学通信のデータ(週刊朝日AERA.dot)と読売のデータには、なぜか新潟大のデータが欠落しているように見える。ハフポストの記事では、新潟大の受験者ベースの合格率で女性が低いことをランキングの中で示していたにも関わらずである。2018年度で見ると、新潟大は、この3大学よりも比が大きいはずである。

次に、前段で安田賢治氏が、倍率比の継続性に言及し、日大に関する記述でも継続性が記載されているのに、大学名を明示されている3大学の倍率比の継続性について何ら言及がない。有名7私大の過去5年分のデータを調べるくらいなのだから、国公立でも過去5年分くらいのデータは調べていなければおかしい。もし調べているにも関わらず上のような記述になったとすれば、それは5年分のデータで継続性が裏付けられなかったからだ、と類推するほかはない。

実際に、北海道・三重・山口・滋賀医科に加えて新潟と早稲田の理工3学部の合計値、上智理工の一般入試データの経年変化を調べると次のようになっているのである。

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2018年度に合格倍率比が高かった大学がそれ以前も同様に高いとは言いにくいし、早稲田の理工3学部と比較して極端に高いとも言えない。上智理工は継続して女性の方が合格率が高いようである。(年によっては、0.8を下回る年もある。)

最後に、志願者ベースでは不正確になる大学があることも繰り返し指摘しなければならない。三重大がその典型例で、受験者ベースで見れば、週刊朝日のいう「0.8~1.3」の範囲から過去5年1度もはみ出していないのに、志願者ベースでみて2018年度は上位にランクインしているために繰り返し実名で言及されてしまうのである。

 

 

*1:女性志願者の物理選択者がどのような成績分布をしているか等の点は従来から指摘がある。

AERA.dotのランキングも誤解を招きかねない

AERA.dotに、

「女子不利」他大学でも? 女子が「合格しにくい」医学部ランキング

と題された記事が掲載された。

これまで、石嶺嶺司氏、ハフポスト、読売新聞が医学科における女子合格率についてランキングを作成して公表してきた。しかしそのどれをとっても、入試の実態とは異なる印象を読者に与えかねないものであった。今回、AERA.dotが作成したランキングも同様の問題点を抱えている。

今回のAERAが計算した値は、

(合格者数に占める女子比率)/(志願者数に占める女子比率)

である。おそらく前後期一般入試の人数を合算して計算していると思われる。この値が小さいほど女子が「合格しにくい」とされている。

そもそも東京女子医大がなぜかランキングに入っていて、これは一体何を比較しているのかよくわからなくさせているのはご愛敬として、例えば、長年男女別の入試データを公開している新潟大がなぜかランキングに入っていない。AERA.dotでは

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と述べており、この書き方では新潟大に対してフェアとは言えない。

次に、今回のAERA.dotのランキングは、2018年度と2017年度の数値を表記している点で、経年変化に配慮したものであることは確かである。しかし、2018年度に「女子が合格しにくい」大学、たとえば北海道大学と、2018年度に女子が「合格しやすい」大学、たとえば金沢大学を見たとき、2017年度の値がほぼ逆転していることに注目すれば、この数値の経年変化がかなり大きい可能性が示唆される。

 

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実際、このランキングを見た読者は、過去7年の経年変化がどのようになっているのかということについて十分には想像できないのではないか。男女別のデータを公表しているいくつかの大学で試算すると次のようになる。

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一見してすぐわかるように、このデータの経年変化はかなり大きい。ランキングも年ごとに大きく変動していることがわかる。こうしたデータを表に出さずに公表されるランキングは状況をミスリードしかねず非常に危うい。

そして相変わらず志願者ベースで計算している。この数値を受験者ベースで計算すると上の経年変化は次のように変わる。

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もちろん全体の大きな傾向が歴然と変わるわけではない。(そもそも最近は後期試験を実施しない医学科も多い。)ランキング順位の変化や値の変化が大きい大学もある。いくつか典型的なものを抜き出してみると次のようになる。

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このように、前期・後期いずれも試験を実施する大学同士で比較しても、志願者ベースと受験者ベースで値があまり変わらない大学とかなり変わる大学とがある。志願者ベースで計算したランキングは、やはり実態とは異なる危うさを持つ。

さらに、前後期合算である。前期試験と後期試験は試験問題はもちろん試験科目そのものが異なるので、合算した値を比較すると実態とは異なる危険性がある。例えばいくつかの大学で前後期をわけて数値を示してみると次のようになる。一応、AERA.dotに合わせるため、まずは志願者ベースの経年変化を示す。二重線が後期試験である。

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受験者ベースでの経年変化は次のようになる。

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前期試験は、もともと志願者と受験者の数が大きく変動しないので、ほぼ同じグラフとなるが、後期試験は志願者と受験者が大きく異なり、値のかなり変化していることがわかる。

 

男女別合格率の比ではなく、2次元にプロットしてみると

ウェブ上で入試統計を公開している医学部医学科の男女別合格率のデータを2次元にプロットしてみたのが次の図。私は統計的リテラシーに乏しいので、この図から何が読み取れるかは完全にはよくわからない。また、いろいろなミスが残っている可能性もあるので、参考資料程度に見て頂きたい。

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念のため、男女比が2倍を超えている外れ値を持っている大学について、個別に見ておくべきだと思う。

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男女比が2倍以上の大学が継続してそうした値を出しているというよりは、男女比の割合が同じ大学でもかなり大きく振れている結果のようにも見える。

なお、蛇足だが、後期に面接と小論文のみの試験しか実施しない大学(もちろんセンター試験の成績は利用する)の後期日程だけを抽出してみる。

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これを見ると、面接+小論文のみの試験でも男性優遇の得点調整が行われやすいという傾向を持っているとは一概に断定できないように思われる。

 

もちろんこれらのデータはウェブ上に男女別の受験者数と合格者数を公開している大学に限定されたデータなので、そうしたデータを公開していない大学に関しては、別の傾向があるという可能性はもちろんある。

 

【お詫びと訂正と撤回】佐賀大学医学部医学科のデータを取り違えてしまいました。

 医学部医学科入学者の男女別合格率に関するデータに関して、佐賀大学医学部医学科のデータを掲載する際、医学科のデータを取るべきところ、誤って医学部全体のデータを使ってしまいました。このため、ハフポストの数値および読売報道の数値に疑義があるのではないかと誤った記述を行うこととなってしまいました。この記述は完全に誤りでありお詫び致して撤回させていただきます。佐賀大学のデータについて、以下で訂正データとハフポストおよび読売報道との比較を述べます。これ以前の記事の該当箇所も順次訂正および撤回箇所に修正を行います。なお、この誤りに気が付くきっかけは、杉本達應氏のツイートによって得られました。感謝申し上げます。

 

佐賀大学医学部医学科のデータ

 佐賀大学の入試統計は下記のページにまとめられています。

入試統計 | 佐賀大学入試案内

 ここで学科別の統計を年度ごとに見るべきところ、学部別のファイルを参照してしまったことが誤りの原因となりました。看護学科が含まれていたのを見落としてしまったのです。佐賀大は女性受験者の方が多いというデータになっていたところでよくデータをチェックしなおしてみるべきでした。

今回読売報道との比較のため、志願者数のデータも含めた6年分のデータを掲載します。

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上記の表の合格率は、各日程ごとに合格者数/受験者数を男女別に計算したものです。

このデータに基づき、読売方式(女性合格率を1としたときの男性合格率)とハフポスト式(男性合格率を1としたときの女性合格率)は以下の通りとなります。これは前期と後期の人数を合算して得られた数値です。ただし、読売報道は志願者数を分母として計算しているので、読売方式は志願者数を分母とした数値と、受験者数を分母とした数値*1を書きました。

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まず、ハフポストの報道にあるH30年度の男女合格率の比0.82の値と一致しています。従って、私が該当記事の中で、

ハフポストの取材では、各大学から受験者・合格者の男女別人数を集めたのではなく、各大学ごとに提供されたデータの種類が異なっているのではないか、という疑念すらわく。ある大学は志願者、別の大学はあらかじめ男女の合格率が計算されたデータを提供されているという具合に。そんなことがあるとはにわかには信じられないが。

などと書いてしまったのは全くの誤りでした。お詫びするとともに、撤回させていただきます。

次に、読売報道では、H29年度の志願者ベースの男女合格率の比の値1.97が報じられました。これも上記と一致しています。従って、読売報道のランキングにあるH29年度の佐賀大学の数値は正しい値であり、これが誤りではないかと述べた私の記述は完全な誤りでした。こちらも撤回させていただきます。

 経年変化から見える問題点

上記のミスの責任はもちろんすべて私にあり、非は私にあります。

そのうえで、私がハフポストと読売の報道について批判していた最も中心的な論点については、このデータからも容易に見ることができるということは改めて指摘しておかなくてはなりません。次の2点です。

第一に、佐賀大学の場合は、女性の方が合格率が高い年度もあり、ハフポストおよび読売報道にあるH30やH29のランキングのみを掲載することは、佐賀大学の合格率について間違った印象を与える可能性があること。

第二に、志願者ベースの合格率(の比)と受験者ベースの合格率(の比)は必ずしも一致するとは限らないため、読売報道にある志願者ベースでの合格率の比のランキングは、佐賀大学の合格率について間違った印象を与える可能性があること。

 

さいごに

今回のミスのように個別の大学のデータについて、私1人で大学のウェブページからデータを拾っているため、同様のミスを犯している可能性があります。使用される場合は、各大学のページで確認して頂きますようお願いいたします。ほかにもミスが発覚した場合には、今回同様、できる限り修正させていただくつもりです。よろしくお願いいたします。

*1:ハフポスト方式の逆数ですが

合格率から得点操作を推定するべきではない

医学部の男女別合格率の比をランキング化して、医学部入試における男性優遇の得点操作を行っている可能性を示唆する議論が盛んである。しかし、本質的にそうした議論は極めて慎重に行わなければならず、また安易に大学をランキング化して万一誤ったイメージを与えてしまうことになれば、大学の名誉を傷つけることになりかねない。

医学部医学科の入試データのうち、だれにでも見られる形で公開されている25国公立大学について、合格者数/受験者数の男女別経年変化は、次の記事にまとめた。(手作業の集計なので細部に計算ミスや入力ミスもあるかもしれない。)

ハフポストや読売が報じた合格率に関する報道の問題点も指摘した。

ここまでのデータはすべて医学部医学科の前後期一般入試のデータである。

この記事では3つのデータを紹介する。

  • 東京工業大学前期一般入試の全学類合計でみた男女別合格率
  • 京都大学工学部前期一般入試の全学科合計でみた男女別合格率
  • 複数の国立大学における保健学系学科の前期一般入試における男女別合格率

の3つである。

東京工業大学前期一般入試全学類合計の男女別合格率

工学系は男性受験者が多く、そこに男性優位の得点操作などありえないことが指摘されていた。石渡嶺司氏が行った入学者の男女比が批判されたひとつの根拠でもある。今回は、ハフポストや読売が行った合格率のデータを見る。

下記から入試統計が見られる。

ここから全類の合計を整理すると次のようになる。

ちなみに、この表からもわかるように、東工大の場合にも男性と女性の受験者数の比はおおむね4:1に近く、また難関国立大であることからも、医学科との比較としては一定の意味がある。

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このデータを見れば明らかなように、東工大は、ハフポストのランキングでも下側に位置し、読売報道のランキングに登場しうる値になっている。

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2018/08/13追記:読売報道との比較でミスをしました。H30年度の数値1.78はランキング10位以内に入りますが、H29年度1.28はランキング10位以内に入りません。図を修正しました。

 

こうした数値をみれば明らかに、男女別の合格率が得点操作を推定するために決して十分なものではなく、むしろ極めて慎重な取り扱いを必要とする数値であることがわかるのではなかろうか。

もちろん、医学科と工学系では定員も違うし、受験者の学力層も違う。また必ずしも要求される学力も同じであるとは言いにくい部分もあり、受験者の男女の学力分布が同じようなものになっているかどうかも明らかではないことには注意しなければならない。

京都大学工学部前期日程一般入試全学科合計の場合

東工大よりもさらに女性受験生の割合が低いのが京都大学の工学部である。

入試統計は以下で公開されている。

入学者選抜実施状況 — 京都大学

なお京大は第一段階選抜合格者の男女別内訳を公開しており、これは実際の受験者とは多少の乖離がある*1。また工学部も学科別に希望を出して出願する形式なので、本来は学科ごとに見た方が良いかもしれない点は東工大と同じである。

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訂正(2018/08/14):H29年度の合格者総数を間違えていたので訂正しました。

ここでも概ね男性合格率の方が女性合格率よりも高い傾向が見受けられることを見れば、やはり合格率から、男性優遇の得点調整が行われているかのごとき予断を与えることには慎重でなければならないことがうかがえる。

いくつかの国立保健学科の場合

男性受験生よりも女性受験生が多い分野はあまりないと思われる。(文学部などではありうるかもしれないが、理系ではおおむね男性の受験者が多い。)いくつかの国立大学には保健学科があり、ここはおおむね女性の受験者が多い。ここでも男女別の合格率を調べてみることができる。

ただし、保健学科は医学科とは比べ物にならないほど倍率が低く、しかも、試験科目が文系並みの場合もあるので、これも一概に医学科と比較することはできない。しかし、女性受験者が多い学科で、男女別の合格率を見ると何がわかるかということの参考資料にはなる。

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これらのデータを見ても、概ね女性の方が合格率が高くなっていることがわかる。

おそらく保健学科で女性に加点しているなどということはないと思われるので、やはり男女別の合格率というのは慎重に取り扱うべきだということがわかるのではなかろうか。念のため注意しておくが、医学科に比べて女性合格率がそれほど高くないという見方もある。しかし、保健学科の倍率を考えればわかるように、医学科よりも倍率が低いために、学力分布のどこまでが合格ゾーンに入るかが全く異なるので、合格率の比の大きさを直接比較するのはやはり慎重でなければならない。

 

 

*1:二次試験の受験を許可された者で当日欠席した者が差分にあたる。